『THE COVE』
、和歌山県
太地町
で行われているイルカ追い込み漁
を批判的に描いた2009年
に公開されたアメリカ合衆国
のドキュメンタリー映画
。監督はルイ・シホヨス
。コーヴ(cove)は入り江
の意。
from wikipedia
先日テレビを見ていたら、この映画の出演者が地元の人との意見交換会に出席しなかったことを枕に、久しぶりにイルカを食すことの善否について問題提起がされていました。
イルカ。私は食べたことがありません。
シーシェパードの方同様、人に近い知性をもっている動物であることに特別な親しみがあります。また、イルカとの触れ合いで障害を克服した、溺れたところをイルカに助けられた、などこれまで数々の朗話を聞いてきました。
イルカと泳いでみたい、遊んでみたいという願望はあっても、食べるという発想には拒絶の思いが沸きます。
しかしそれでも、約一年前のこと、大々的なこの映画の発表を皮きりに日本が痛烈な批判を受けたときは、単純にムカッとしました。通りすがりの人に突然「お前の顔嫌い」と言われて傷付くような、とても理不尽なことをされた気分です。
太地町の方が主張するように、どうして日本の伝統的な食文化が外国人の価値観でいちゃもんつけられなきゃいけないんだ、と憤った覚えがあります。もっとも自分の生活には関係ないので、そんな気持ちはニュースを見るとき突発的に抱いているだけでした。
そして今。
改めて考えてみると、きっとニュースが多面性のある視点でまとめられていたためでしょう、私の意見もかなり中性的になってきました。
やはり、「私たちはイルカが好きだ。かわいそうだから殺すな」なんて本来善悪のつけられない価値観を、映画という影響力の強い手段で他人に押し付けるシーシェパードの彼らは自分勝手だと思う気持ちは変わりません。「水銀が人の健康を害する」と口では日本人を気遣うふうでも、根っこは自分の理想を通したいだけですよね。
それに、イルカを食べてはいけないのだったら、カンガルーは?犬は?そして犬と同じ程度の知能をもつという豚は???
世界ではベジタリアン人口が増加しているといいますが、それでも肉食派を圧倒的に下回ります。一番多いというイギリスでも2000年の調査で国民の9%で、それも食肉中の残留薬剤、狂牛病・口蹄疫の流行などへの不安が原因でした。
たとえ問題の対象が拡大したとしても、いっそみんなで肉食やめよう、なんて、少なくともこの映画監督さんが人生を終えるまでには起こり得ないでしょう。理想を追ったところで、不完全燃焼になりそうです。
一方で、ではもしシーシェパードが、あるいはそれと類似した団体がひとつもなかったら、と考えてみました。
すると、なんとも勝手なことに、それはそれで不安なのです。いえ、動物保護団体とは違ってイルカ食の善悪に対する私の意見は曖昧なので、あると安心、という感じでしょうか。イルカが好き。できれば食べてほしくない。かといって自らアクションを起こすほどその思いは強くなく、でも何もしないのもいたたまれない。だから、誰かが何かしてくれていると知ると、安心なのです。
さらに、韓国の食用の犬達の映像を観たとき。カメラに向かって元気に吠えかかり、人が近づくと甘えるような目をしてみせ。――うちの犬となんら変わらない無垢な表情。彼らを食べるなんて。胸が締め付けられる思いでした。
ああ、シーシェパードの人たちの心中もこんな感じなのかな。
「犬肉は滋養強壮によい。だいたい伝統文化なんだ、他人にあれこれ非難される筋合いはない」と韓国のおじさんが怒っています。どこかで聞いた言葉。そう、イルカ肉について私たちが言っていた言葉じゃないか。結局、同じことなんです。
ただ、韓国人といってもみんながみんな犬を好んで食べるわけではありません。特に、犬はペットとして親しみがある若者はほとんど食べないそう。犬食反対のデモを行う動物保護団体もあります。
このあたりも日本と似ていますね。
というわけで、現在私の意見はニュートラルな位置に収まりました。その他大勢のひとりとして、太地町とシーシェパードの戦いを見守っていこうと思います。
どうやっても平行線で交わりそうにない意見の対立はこの後どうなっていくのでしょうか…。
なんとなく、イルカの殺し方を人情深いものに変える、ということで和解、というか一時休戦しそうな気がします。
イルカや犬は若い年代には心情の面で非常に近しい生き物ですよね。今はペットとして飼われる豚もたくさんいますし。そのうち豚食反対、なんて声も上がるのかも。
なので、もしかしたら、世代が変わればこの問題は自然と消えていくのかもしれませんね。時間が解決する、ってやつで。
↑ひなたぼっこ
どんだけ寒いんだ。それでも犬か。