「ジェンダー差別発言」に若い記者から総スカン…川勝知事が「不適切にもほどがある」失言を繰り返す理由 30年前から価値観がアップデートされていない #プレジデントオンライン https://president.jp/articles/-/80147

 

 この記事は一例ですが、今の年配の人々の言動の中に共通する前時代的価値観が垣間見えるように思うのです。

 勿論、全ての年配の人々に当てはまるという意味ではないですし、若年層の中にも親世代の影響を受けて前時代的価値観を持つ人がいることと思います。

 

 この前時代的価値観を特徴付ける大きな2つの要素があるように思います。

 

1.差別的思考

2.封建社会の残滓

 

です。

 これら2つには相互に結びついている要素もあると考えられますが、まずはそのように大別出来るかと思います。

 

 上記引用記事と今日ニュースになった新入職員への訓示における川勝知事の発言をまず例に見てみます。

 

「磐田は浜松より文化が高い」

「毎日毎日、野菜を売ったり、牛の世話をしたり、モノを作ったりとかと違い、基本的に皆さま方は頭脳、知性の高い方たち。それを磨く必要がある」

 

 これらの発言から、「Aを持ち上げるためにBを持ち出してこき下ろす」論法で人や集団を評価する思考パターンを持つ人であることが読み取れます。

 比較して優劣を付けるわけです。これは差別的思考だと思いますが、この思考パターンで物を言う人は少なくありません。

 

 このことをもう少し掘り下げると、小グループ内の対人関係において「Aはすごい」と言う場合にもこの差別意識が潜んでいる場合があります。つまり言外に「A以外は良くない」とこき下ろすニュアンスが滲み出ることがあるからです。

 グループ内において、無邪気に「A君はすごいなぁ!」と褒める人がいますが、ここにいるA君以外は駄目だとこき下ろすニュアンスが出ることに対して鈍感なのではと思います。こういった無邪気(あるいは無神経)な発言に対して心がチクチク痛むことはないでしょうか?

 

 僕は称賛するとき、人というよりは物事や行動、考え方に対して「素晴らしい」「感動した」などと出来るだけ謹みを持って言うようにしているつもりです。そもそも「褒める」という行為は、上からの可愛がりの性質を帯び、その対象外の人々の劣等感を煽りかねない(心を傷つけかねない)と思うからです。ゆえに「褒める」のではなく賛意や感動を伝えるという意識を持つようにしています。大谷翔平選手は明らかにすごい!素晴らしい!ですし尊敬できる要素が多くあるように思いますが、他の人々も素晴らしいし尊敬できるのです。本来的には、どこにも上下関係はないはずです。

 

 そもそも、近現代の法治主義、自由を重視する民主主義においては、遍く人々に「法の下の平等」「基本的人権の尊重」が保証されているのです。

 これらは、個人の尊厳と個の連帯によって公が成り立つという原理原則に基づいているはずです。

 ところが、長らく社会はそうはなっていませんでした。

 

 個よりも集団に資することが求められ、集団内では序列があり、上意下達の精神が脈々と受け継がれて来ました。

 これが「封建社会の残滓」です。

 

 前近代の封建社会は縦の秩序を重んじることで成り立って来たと言えます。これは一つの秩序の形態であり、社会秩序という一点においては非常に堅牢で安定しやすい性質があると思います。ゆえに、封建社会の歴史は長いのです。

 しかし、封建社会の欠点は、支配による秩序であるという点にあります。ヒエラルキーの上位者が下位者に対して、支配的権限を持ち、しばしば個の尊厳の否定や無視が是とされ、激しく虐げられる者の方が多数であるという状況が生まれます。

 

 現在のブラック企業の風土やイジメや体罰の蔓延る教育現場などにそれが残っていると言えますし、川勝知事のような比較差別思考パターンも、この封建社会のフレームに当てはまるように思います。

 

 歴史的に見ると、封建社会は無秩序なカオスよりは良かったのです。戦国時代よりも徳川幕藩体制の方が平和で安定していたわけです。

 しかし、徳川幕藩体制下では、譜代外様親藩や身分制度などの序列化が強く押し進められました。その流れの中に、支配階級である武家への朱子学などの儒教の導入がありました。

 

 孔子を始祖とする儒教は、紀元前の東周・春秋時代に起こり、元々はアニミズム・シャーマニズムを背景とする神権政治へのカウンターであり、精霊や神ではなく人に重点を置くという点で画期的な思想だったのだと思います。この要素は、殷周易姓革命とも無縁ではないでしょう。

 

 つまり、呪術的古代から人治への転換に一役買ったという点で、儒教(儒学)は古代において先進性があったと言えるわけですが、その人治の骨子は「君主による徳治」の考え方であったように思います。呪でも武でもなく、徳によって国を治めるということです。その一環として、家族や君臣の序列を重視する思想体系が発達して行ったとも言えます。(この徳治主義は孟子によるとされる)

 

 これは安定した社会基盤を築く一つの方法論として、有効だったのではと思います。下位者が上位者を敬い、上位者は下位者を守り慈しむ、美しい関係性が理想とされるという面も有用性があったように思います。

 しかし、その美しい関係性は支配と被支配の関係でもあり、その間に不正、不満、恨み、争いなど多くの問題が生じ易いとも考えられます。

 

 しばしば悪政を敷いたと言われる秦の始皇帝は、儒教を嫌い、焚書坑儒などの弾圧を行いました。が、彼は、この儒教の問題点に気づいていたのではと思います。数百年続いた戦国時代を終わらせた始皇帝ですが、それまでの諸国に普及していた儒教が争いの元になっていると考えたのかもしれないと。諸国の内部に儒教的序列と秩序はあれど、諸国同士は対立し、融和が無かったわけです。

 

 中国統一後の始皇帝(嬴政)の法治主義は、このことが背景の一つとしてあると僕は考えています。法の下に、臣も民も治めようというわけです。度量衡と道路灌漑インフラ、郡県制の整備、篆書体と隷書体への書体統合など、中央集権的且つ合理的な統治が進められました。が、歴史が示す通り、始皇帝の死後、秦は崩壊し、再び戦乱を経て前漢が起こりました。

 前漢は儒教を重視し、呪術的儀礼も復活しましたが、長期政権となったのは、秦の残した諸制度と帝政のシステムを下敷きにしたからだと思います。文明は行きつ戻りつしながらも、前進して行くということなのでしょう。

 

 と、話が遡り過ぎましたが、儒教は政権の支配体制との相性が良いのです。君、臣、民という序列システムに通底する思想体系が築かれたとも言えます。社会の安定を志向する序列化の負の副産物として、抑圧と根強い差別意識も発生するわけです。

 

 歴史を翻って見ると、先述した通り、個の尊厳が重視される近現代の法体系と社会の在り方には、この儒教的精神性が本当は相容れないことがより分かるかと思います。

 

 つまり、現代に蔓延る、上下関係(序列)の誇示や個の尊厳を損なう優劣比較などの言動は、無自覚な儒教的封建社会の残滓である可能性が高いと考えています。

 未だに我々は、社会的態度と精神性において封建制から脱却出来ていない面があるのです。

 

 昭和・平成前半の社会に蔓延っていた感覚を今も持ち続けて行動する人に対して、単に時代錯誤だと言うだけでは、理解が深まらないように思います。

 封建社会の残滓という一視点を持つと、我々が「前時代的価値観」とするものの成り立ちに意識が及ぶようになり、俯瞰的に自他を見ることで、それぞれが自分の価値観がどの位置にあるか、生まれ育った環境による所与性を帯びた自分の感覚や経験知的な価値観がどこから来たものか、に気づき、脱却と前進への道筋を見出すようになるのではと思います。