野犬-野で生まれて野良犬として育った犬―は、野犬という呼び名からして危険そうですが、シェルターにいる何十頭もの(元)野犬は、ボランティアさんによって毎日普通に世話されています。家犬に比べますと非常に臆病ですが、普通に世話をしている限り噛みついたりしませんし、そもそもほとんど吠えません。野犬は生まれてからこの方、家犬と違って吠える機会が無かったので、吠えることをそもそも知らないのです。では、全く安全かというと、実はそんなことはありません。
トロワ
ある日、シェルターで犬のお世話時間に代表が壁にもたれて休んでいます。体調が悪いのかと聞きますと、熱があるとのこと。すわ新型コロナかと心配しましたら、そうではなく、数日前シェルターの犬に咬まれたところが化膿したのが原因らしい。野犬(やけん)の口は汚いです。たとえば、野犬は飼い犬が散歩のときに道端に残したウ〇コを食べます。水たまりの水を飲むときも、わざわざ前足で土と混ぜてから飲んだりするのです(これは土のミネラル分をとるためですかね?)。昔私がシェルターの犬に咬まれたときは、傷口が小さいので(牙の直径の穴が数個)たぶん大丈夫だろうと放っておいたら、ひどく化膿して病院に行くはめになったことがあります。医者は傷口を調べて、これは深く化膿してますねぇ、ちょっとグリグリえぐりますよ、と嬉々として治療したものでした。そんなわけで、代表にはすぐ病院に行くように勧めましたが、抗生剤飲んだから大丈夫、との返事。ここでいう抗生剤とは、人間用に処方されたものではなく犬用に購入したものです。代表は超多忙な上に、殺処分ゼロに専念するために大学の仕事を辞しましたので、自分のお金がありません。保険に入っていますので、治療費は後日戻ってくるはずなのですが、そもそも一時的に立て替えるお金もないのです(たぶん)。
ミンネ
閑話休題、「野犬は危険か」は、代表がなぜ咬まれたか?に関係します。
野犬は凶暴ではありませんが大変臆病で、体に触れようとすると、自己防衛で咬もうとすることが多いのです。ですから、直接体に触れないとできないこと、具体的には首輪の付け替えやブラッシングは大変難しいのです。特に首輪の付け替えは、首輪を犬の首の向こう側に手で回さないといけないので、非常に危険なことが多いのです。このため、首輪をどうこうするときは、いちいち動物病院に連れて行って麻酔をかけることになります。首輪を付け替えるだけでのために、まず嫌がる元野犬をキャリーに入れ、車に積んで動物病院に行き、お金を払わなくてはならないのです。
ジュンコ
実は、鶴田が咬まれたのも首輪がらみでした。経緯はこうです。鶴田が犬の世話をしていた時、ある犬の首のところが、首輪が擦れたのか、赤くなっていることに気がつきました。首輪を外してあげないといけません。保護犬では、逸走防止のため首輪は2つしています。この犬が首回りを触られることをどれぐらい嫌がるかは、やってみないと分かりません。そこで、試しに首輪を外そうとしたときに、まず1回咬まれました。それでも2つの首輪のうち1つは外せました。しかし、犬がさらに興奮すると、指を咬みきられてもおかしくないのです。そこで、麻酔をかけてもらうために犬を動物病院に連れて行ったのですが、麻酔がうまくかからず、もう帰ってくれと言われたそうです。動物病院としては、ペットブームのこのご時世に何も野犬のような難しい犬を好き好んで扱う必要はないということなのでしょう。鶴田はしかたなく犬が逃げないようにドアを閉めた車の中で、残る一つの首輪を外しました。この時にかなり咬まれました。牙をむく犬の首輪を、咬まれることが分かっていてはずすというのは超怖いです。私を含め常人にはできません。さて、その後、首輪を無事外せた犬は、そのまま首輪をせずに治癒するまで抗生剤を飲みながら、ドッグランと犬用ケージを行き来しています。え?治ったらどうやって首輪をするのかって?さあ、どうするんでしょうねぇ。
ドン
さて、これらの元野犬はセンターが捕獲した野犬なのですが、センターは捕獲機を使って野犬を捕獲しています。捕獲機はエサで捕獲機内に野犬を誘導し、野犬が仕掛けに触れると扉が閉まるというものです。実は、猫に比べると犬は捕獲機にあまり入りません。ですから犬用捕獲機を仕掛けた時にまず入るのは付近にいる野良猫です。なぜ、猫は入るのに犬は入りにくいのかについては、その理由を私はよく知りません。実際、犬の捕獲では捕獲機よりも、納屋に追い込んだとか、エサで人馴れさせたといったケースが多いのです。ですから、捕獲機で捕まえられた野犬というのは、たとえば普段人家でエサをもらっているとかといった何か特殊な犬たちであって、そのため凶暴でないのかもしれません。
シェルターに来た野犬に凶暴な犬はいない、と言いましたが、例外もあります。そのような場合、大きな犬用ケージを二つ用意し、二つのケージを出入り口を向かい合わせでくっつけて、片方に危ない犬を入れます。1日2回のお世話の時には、犬を片方のケージからフードを用意したもう一方に移し、犬がいた方の掃除をします。お世話するうちにだんだん人馴れしてきて、散歩できるようになります。この2つのケージを使う方法で数か月お世話したことがあります。その元凶暴だった野犬は、ちゃんといい子になって譲渡できましたから、世話していた方も驚きです。
モナカ
メディアでは野犬の群れに襲われそうになったということがニュースになったりします。確かに群れでうろつかれると怖いですね。常総市で問題になった野犬の場合、群れを作っていましたが、人を襲ったことはありませんでした。常総市の野犬の群れは、ハスキーの血が入っていたと言われています。実際、オッドアイ(左右の目の色が違うこと)の犬たちが多かったのです。捕獲した常総の野犬たちは、その後よく人馴れし、全頭譲渡されました。これもハスキーの血が入っていたからかもしれませんね。
私は野犬の群れを一度だけ見たことがあります。場所はシェルターの近く、里山が広がるところです。群れはボス犬と思しき1頭を先頭に、大小6頭ほどの群れでした。すたすたと人間の小走りぐらいの速度で私の近くを通っていきます。みんな薄汚れて痩せています。持っていた犬のおやつで気を引こうとしましたが、なぜか見向きもしませんでした。お腹すいているだろうになんの世話もしてあげられず、人間を怖がるでもなく興味を示すでもなく、不思議で理解を超えていました。変なたとえで恐縮なのですが、
グリコ
オウムアムアってご存じでしょうか。これは2017年に、観測史上初めて太陽系外から太陽系に飛来し、あっという間に太陽系外に飛んで行った物体のことです。見知った領域に突然現れ、何も言わず足早に通り過ぎていく異質なもの。この野犬の群れはそんな感じでした。ああ、野犬のことを少しは知っているつもりだったけど、こんなにも理解を超えている野犬もいるんだと。あの群れは今どうしているのか、思い出しては心配しています。
ノブナガ、ミルコ
野犬のお母さんは、仔犬がたくさん生まれると、1頭だけ連れて他は残して行く、という話を真偽不明ながら聞くことがあります。2回この説を裏付けるような経験をしました。1回は、つくば市のゆかりの森というところで土管の中にいる仔犬4匹を保護した時のことです。集まってきた近所の方が、母犬が子犬1匹を連れているのを見たと教えてくれました。
もう一回は、CAPINで動物愛護活動をするずっと前、もう30年ほど前になるでしょうか、涸沼(ひぬま)自然公園でのことです。誰もいない早朝、一匹の小さな仔犬にも見える犬がごみを漁っていました。何かを見つけたようですが、すぐ食べずにくわえて歩き出します。興味を覚えて後をつけますと、どんどん歩き、大きな汽水湖である涸沼の端の方、さらに人気がないところまで行きます。そこは砂地の松林でしたが、ちょっと分からないところに穴を掘って、仔犬、といってもエサを持ってきた犬と同じぐらいの月齢と思われますが、3匹待っていたのです。そうか、この兄弟の中の一匹がエサを持ってきたのか。私が姿を見せると、みんな牙をむいて唸りました。それは、普段見かける一般的な野良犬の顔つきではなく、家犬からはかけ離れた野生の動物のそれでした。ああ、これではもう家犬にはなれないな、と絶望的に立ち尽くしました。今から思えば、この仔犬たちも母犬に置き去りにされたのだと思います。動物愛護活動では、何もしてやれず、ただ祈るしかないことも多いのです。
byM博士