Edward Hopper絵画に憧れる家づくり -2ページ目

Edward Hopper絵画に憧れる家づくり

住宅の家づくり。自邸の家づくりでいろいろと思うことの記事

 

 

 

暑い夏だった

 

その小学校の体育館は蒸していた

 

役所の公共事業、道路計画予定地の周辺の住民が集められていた。

 

エアコンなんてないから、みんなパタパタと手に持った説明のパンフレットをうちわがわりに使っていた。

 

それとも記憶違いで、エアコンは入っていたからそれほど暑くはなかったのか、

 

寒かったということだけはなかった。

 

淡々とした、事務的で一方的な役所の道路計画の説明が終わって、質問タイムも終わって、

 

一斉に人々が、外へ向かって大移動をはじめ、わたしも会場を後にした。

 

これから、移転地の家を探さなくてはならなくなった訳だけど、

 

実感がない、でもショック、今の大好きな家を、思い入れのある家を、失うのだ。

 

隣の奥さんの顔をみると、ぜんぜんショックを受けている感じではなく、

 

新しい家を手に入れられるのがラッキーのような顔つき

 

大抵の人は、おそらく大抵の日本人は、自分の住まいにあまり関心がなく、

 

古くなっている家に価値はなくて、

 

家は新しければ新しいほど価値があるという感覚なんだろう

 

わたしの気持ちとは正反対の顔をしていた

 

到底わたしのこの時のショックな気持ちは分かることはない。

 

会場の集まった地権者たちの中で、わたしほど、自分の住まいの愛着を持っているひとはきっといないだろう。

 

そのあと、役所の強引な用地買収もあって、地権者たちは最速で次々と、譲渡契約して、

 

自分の住んでいた家をさっさと、潰していった。

 

周辺の環境は過疎の村の解体のように、これまでずっと当たり前にいて暮らしていた人々は、

 

クモの子散らすように跡形もなく消えてゆき

 

どこへ行ったのか分からない

 

新たな彼らたちの、新しい生活が知らないどこかで始まることを想像するのは、

 

とてもシュールだった。

 

画用紙からはみだして描かれている絵みたいに、現実味がない

 

近所の知り合いでもない、話したこともない、でも、声は聞こえていたし、家族構成も分かってしまう。

 

長いこと隣で暮らしていた彼らたちは、

 

こちらのことも、そんな風に、お互いに思っていただろうことを思うと、

 

すでに知り合いだったのかもしれない、

 

居なくなった後には、地面に緑色の防草シートが貼られていく。

 

それらは、たくさん集まって繋がって広く遠くまで見通せるように

 

夜には天の川のように遠くまで続いているのが

 

村の景色を変え、これまで見ることはなかったうんと遠くの、信号機の色が変わるのも

 

窓から見えるようになった。

 

ここが住宅地になる前のうんと遠くまで見通せた、50年前とかの景色のようだろうか。

 

この道路計画は、50年前ほどの大昔に、計画されて線を引かれてできた、公共事業で、

 

今本当に必要な道路かどうかは私には分からない。どうしてもいる道路とは思えない

 

でも立ち退かない分けにはいかないし、拒否をする気もないけれど、

ただただ、まだ生きていけるこの家を自分で殺さなければならないことが、

 

非常に辛いなと思った。

 

この家は単なるものじゃない。

 

その寿命が終わりとなることが決定してしまった。

 

家は住む人の命を守ってくれる。

 

黙ってそこに建って、静かに住んでいるひとを守ることが、

 

誕生してきた目的で、家は生きている

 

役目を終える日まで。

 

この家に引っ越してきた時を思い出す。

 

あの始まりのときに、この年月で寿命がたたれるという、未来を予測できない。

 

大切なひとの形見の家がなくなるまでのカウントが体育館であの日始まった。

 

あなたを失うことはとても寂しい。

 

寂しいけれど、今は、後ろは振り返らないようになった。

 

新居の家づくりを前に、進められるようになった。

 

いろいろあって徐々に。

 

この住まいに、ありがとうという気持ち

 

あなたとは本当にご縁があった。

 

あなたを始めて見つけたときから

 

他の選択肢はなかった、

 

わたしにはあなたしかいなかった

 

あなたも、桜の木の向こうで、わたしを待っていた。

 

ほんとうに出遭えてよかった。それを喜ぶ、

 

この住まいにありがとうと感謝して、

 

わたしは前に進む。