それ以外は普通に続けますので、何卒。
それ以外は普通に続けますので、何卒。


ほんとかわいすぎる、うちのムスメ。

久しぶりにたくさん一緒にいられるなぁ~♡と前日からウキウキしてた
愛しの殿方との約束の日。
会って数十分後にムスコから「学校でケガをした」とのLINEが💦
すぐに引き返して、ワタシは学校までムスコを迎えに。
そして、病院へ。
おかげさまで、ケガは大したことはなく。
とんだ人騒がせだったのですが。
会うのを楽しみにしていたのは彼も同じだったようで。
でも、すぐさま引き返して息子の元へ行くことを促してくれた彼はまじ
イイ男だなと。
こういう日もあるよ、と笑顔を見せてくれて安心しました。
これを「当たり前」と思う人が大半でしょうが、残念ながらそうでない
人もいるよね。男女問わず。
彼がそんな人じゃなくて良かったー
子供がケガをした、ということに敏感に反応してしまうのには過去に苦
い思い出がありまして。
一種のトラウマ。
ムスメの保育園時代。
園で口の中を3針縫うケガをしまして。
その頃、ワタシは転職したばかりで園に新しい会社の連絡先を伝えておら
ず、入社したてなため、自分の携帯のチェックをする余裕がなく…
園からの連絡を受けるのが遅くなってしまったのです。
お昼休憩のときにやっと着信に気づき、園に折り返し。
血が止まらないから病院へ連れて行きたい、と。
すごい倍率だったのにもかかわらず入社できた希望の会社。
入社数日で子供のケガで早退させてほしい、というのは正直言いにくか
った。
でも、ワタシがシングル子持ちということわかっている上での採用だし。
こんなことでイヤな顔されたりするようならそれまでの会社だし、クビ
にするならしてくれーと思い。
そもそも、子供より大事な仕事なんてないじゃん。
で、すぐに同行してくれてた上司に伝えて高速飛ばして子供の元へ。
でもね、病院での処置には間に合わなくて。
園の先生がずっと付き添っててくれたけど。
きっとものすごく痛くて、ものすごく怖かったと思うんだ。
それなのに涙一粒もこぼさなかったムスメ。
すぐに行ってあげられなかったことが本当に申し訳なくて。
ダメだ、思い出すだけで涙出る。
もう、それ以来。
子供のケガ・病気恐怖症。
今回は高校生のムスコのケガ。
自分で連絡してくる時点で“きっと大したことないな”とは思ったし、
そんな小さな子でもないんだけど。
行くよね。
どんなに楽しみにしていたことがあろうとなんだろうと。
もしも、行かないで彼と過ごしたとしたら。
ケガは大したことなかったにしても…
子供を優先しないで自分の楽しみを優先したことに罪悪感を抱かずには
いられず、この一件は「しこり」として残っただろうな、と。
後々、彼との関係に歪みができる結果になっただろうな、と。
彼がね、
「行かせないなんて選択肢はなかった」
「またいつでも会えるんだから大丈夫だよ」ってさ。
同じ方向を見てるのね。
それは何も今回に限ったことではないんだけども。
ムスコもムスメもね、それぞれが伴侶を見つけて。
任せられる人が現れるまでは。
子供たちが成人して大人になってもいくつになっても面倒みさせてもらいたいな、と。
困ったとき、大変なとき。
何もしてあげられないかもしれないけど、真っ先に飛んで行きたい、と。
逆にね、ワタシの方が面倒かけるかもしれないけどなww
everything's gonna be alright...
先日、ひとり映画鑑賞した余韻に浸りっぱなしの南です。
毎日、サントラ聴いて涙。。。
あ、グレイテスト・ショーマンのお話です。
どこをとっても完璧。
どのシーンも素晴らしい。
どの曲も最高!
大満足な1本。
この感動を伝える語彙力がないことが悔やまれます…
が、そもそも。
頭で考えるのではなく“感じる”作品なので。
ぜひ、観ていただきたい!!
まぁ、そんなこんなで。
いつものクリニックへ行って参りました。
今回は診察ってより、書類をお願いしに行ったんだけど。
センセ 「これからどうするの?」
ワタシ 「ライフプラン?」
センセ 「まぁ、そんなところ」
ワタシ 「やっとやりたいって思えることが見つかって、勉強始めました」
~詳細は割愛~
センセ 「いいね!そうくるとは思わなかったなぁ…堅実!俺そういうの好きだなぁ~。がんばって!」
応援してもらいました。
センセ然り、応援してくれる人がいるってのはとってもうれしいです。
MGになって、手術中に心肺停止して。
その経験からー
どんなにがんばったって、希望を持ってたって、夢があったって。
人の人生なんて一瞬で終わるし。
要するに、「何をしても無意味」と。
「生きること」=「死ぬための準備」そんな風に思ってたのね。
超絶後ろ向き。超絶ネガティブ。
長かったな、ここにくるまで約5年か。
やっと抜け出せたみたい。
正直ね、まだ思うよ。
病気は関係なく、事故やら天災やら。
いつ命を落とすかわからない。それは誰しも同じなんだけど。
前を向いたところで、がんばったところで。
いつ死ぬかわかんないし…って。
でも、うっかりあと50年くらい生きちゃうかもしれないじゃん?
そしたらさ、今「何もしないこと」が何よりも無意味。
やらないで後悔するなら、やって後悔したい派なので。
幸いなことに。
子供たち、愛しの殿方をはじめ。
周りにいてくれる方々に恵まれてるので。
それを武器にね。
これからの人生も面白おかしく歩んでいきたいな、と。
また春が来ることだしね。
気持ちを新たに。
everything’s gonna be alright...
ある時、いつだったか。
彼のご友人らとの飲みの席で。
愛しの殿方が、
「もしも、(ワタシの)子供たちと俺が溺れてて…全員は助けられないとしたら、この子(ワタシ)は子供たちを助ける。それでいいんだよ。そういうところがいいんだよなぁ…」と。
そりゃそーよ。
なんなら子供たち2人助けて、自分が死んだって全然いいし。
だってさ、ひとりの女性である前に「母親」じゃん?
彼をどんなに愛していても、どんなに大切に思っていても。
子供たちを助けるのは本能。
仮に、彼が父親であるとしたなら。
ワタシではなくて子供を助ける人であってほしい。
彼と特にそんな話をしたことがあったわけでもなかったんだけど、ワタシのことをちゃんとわかってくれてるってことがうれしかった。
自分勝手な薄情者だと思われてなくてよかったわ。
そして、ママなワタシを好きでいてくれることがとてもうれしい。
まぁ、実際にはみんなで同時に溺れるとかって日常的に有り得ない状況ではあるけども。
“何を優先するか”って局面には日々遭遇するわけで。
人によって、
仕事だったり、
家族だったり、
その中でも子供だったり、
パートナーだったり、
親だったり。
趣味って人もいる。
家族そっちのけで遊びや恋愛って人もいるでしょうよ。
なによりも自分優先って人。
さまざま。
その「何を」に“人とナリ”ってのが表れる。
どんな人なのかがわかる。
で、その感覚が違う人同士が付き合うのは難しい。
だから、なんとなく似通った人同士が仲良くなるのは自然なことで。
それが「類は友を呼ぶ」ってやつだと思うんだけど。
良くも悪くも。
例えばさ、
「子供優先」な人は「遊び優先」の人とは付き合いきれない(恋愛関係も友人関係も)。
その逆も然りで。
「遊び優先」の人は「子供優先」の人を“退屈”と感じるでしょうよ。
人というのは弱いもんで。
ただ単純に楽だったり、楽しげな方に流されてしまうことがあるのよね。
案外、居心地もよかったりしてさ。
でも、それが「良くも悪くも」の「悪」だったりするんだけど。
そのことに気づくのは、大切なものを失ってやっと。
ばーか、おせーよ!ってな。
誰がはじめに言ったんだかさ。
「他人は自分を映す鏡」とはよく言ったもんで。
「人の振り見て我が振り直せ」も同じかな。
「他人は自分を映す鏡」と「類は友を呼ぶ」。
この二つを考えてみることは、自分を客観的に見つめ直すのに最高の手段かと。
友達とはいえ「こいつないわ〜」て思うような人が周りにいたなら、自分も同類ってこと。
自分がどういう人になりたいか、どういう人でありたいか。
今、自分にとって。
尊敬できて、憧れでもある魅力的な人たちが身近にたくさんいるってことは。
理想の自分に近づけてるのかな、と。
…とはいえ、驕ることなかれ。
その大切な人たちのそばにいつまでもいられるように。
これからも弛まぬ精進を。
そして、自分らしさも忘れずに。
なんかちょっと…
2つの下書きを無理矢理ひとつにまとめたら、自分でも意味わかんなくなってきた。
とりあえず、
優先順位=人柄≒類友=自分
なんかそんな感じ?
ダメだ、終わり───────!!!!
everything’s gonna be alright...
久しぶりなので、もう一発。
先日ね、ワタシがなぜ怒らないのか、人と喧嘩しないのかってことについて愛しの殿方と語らいました。
イラッとくること
カチンとくることは当然あります。
が、だからといってその場で相手に食ってかかったり怒りをあらわにするようなことはしません。
それは何故かって。
め ん ど く さ い か ら 。
ただそれだけ。
相手に対する気遣いだとか、そんな素晴らしい話ではなく。
とにかくめんどくさいことが大嫌いだから。
ほんとそれだけ。
子供たちに対してもそう。
怒るのめんどくさい。
だから毎日「今日もお願いだからいい子でいてね、頼んだよ」と願うw
とはいっても、叱る時は叱りますけど。
「叱る」ことはめんどくさくないので。
となってくると、必然と親子喧嘩ってもの自体が発生しない故…
未経験なんです、親子喧嘩。
彼氏や元旦那やら。
怒ったり喧嘩したり、若い頃は散々やりました。
でもさ、結局そんなの全部時間の無駄で。
なんにも残らない。
ただ疲れるだけ。
今そんなスタミナあるなら家事したい。
よく「お互いを理解しあうための喧嘩」とかいうじゃない?
あれも全く理解ができなくて。
そもそもなんで喧嘩になったのさ?と元をただした時、
大抵が「価値観の違い」。
価値観ってそんな簡単に寄せれるものでも真似できるものでもないから。
どちらかの、若しくは双方の「妥協」があって仲を取り繕う…
なんかそれって違うよなーと思うわけです。
で、妥協ってのはー
要は「我慢」じゃん。
ワタシ、我慢てできない。
どんなに頑張ってもせいぜい2日。
死ぬ気になっても3日。
それだけ我慢嫌いなので、人に我慢させることも大嫌い。
ワタシごときのために我慢なんてしてくれなくていい、
ワタシもアナタのために我慢なんてしないから。
それが嫌なら去れ!
ワタシは去る!!!!
そんな感じ。
愛しの殿方とは、幸いなことに価値観が似てるのでもちろんぶつかり合うこともなく。
一緒にいてすごく楽だし楽しい。
最初はさ、「恋は盲目」的な感じで目を瞑ってる部分があるのかな?なんて思ったけど。
月日が経つにつれ、そうじゃないってことがわかり。
ますます居心地がイイ。
だからこそ、毎日毎日。
来る日も来る日も。
2人そろっていつも笑顔で。
穏やかな優しい気持ちで過ごせているんだな、と。
特別なことなんて必要なくて。
ただいてくれればよくて。
人を好きになるってこういうことなんだなぁ~…と、南35歳にしてやっと気づいた次第であります。
というわけで、3カ月強ご無沙汰だった「殿方シリーズ」ですが。
変わらず順調に仲良くやっております(゚∀゚)
everything’s gonna be alright...












