あっという間に1月も半ばを過ぎました。毎年この時期に思うことですが、時間の経つのが早すぎ!!
なんてあせっているうちにパリ出発が明日に迫りました。
実は先日の大規模テロ事件の後、こんな状況の中で行っていいものか一瞬迷ったのですが、家族の引越を手伝わなければならず(またお引越 ?!)、メゾン・エ・オブジェを逃すのも残念なので、結局行くことに決めました。
今回の事件は華やかなパリのイメージを覆す凄惨なものであると同時に、多くの移民を抱えるフランス社会の複雑な状況を、改めて世界に見せつけるものでした。
その複雑さとは、宗教の違いによる文化や価値観の大きく異なる人々が共存する社会において『絶対的に正しいこと』がそれぞれで違っていることです。
事件後特に気になったのが、銃撃された出版社シャルリー・エブドの名を取った『Je suis Charlie』(私はシャルリー)が世界のあちこちで言論の自由を象徴する言葉として注目を浴びたこと。
1月11日の犠牲者追悼デモに参加した数百万人の中にもこの言葉を掲げた人が多くいたし、他国でも同じことをする人が大勢いました。
革命以来フランスは『自由・平等・博愛』を国是としていて、特に言論の自由は非常に重要視されています。
またそれ以前の中世にも、国王さえをも自由に風刺できる『Bouffon(ブフォン)』という道化師が宮殿にいたほど風刺の文化が発達した国です。
しかし、ブフォンが本質を突く機知に富んだユーモアで皆を笑わせていたのに対し、シャルリー・エブドは良識ある人ならまず読まない、しばしば無意味に過激で悪趣味な風刺画を掲載する三流新聞です。
今回のテロも、イスラム教徒にとって絶対的な存在であるモハメッドをシャルリー・エブドが繰り返し揶揄し、侮辱し続けたことへの報復でした。
そのため『私はシャルリー』とヒロイックに謳う人が多くなればなるほど、フランスだけでなく欧米諸国の一般市民がテロ攻撃を受けるリスクが高まるのです。
だから追悼デモでは人々に『Je suis Charlie(私はシャルリー)』ではなく『Je suis contre le terrorisme(私はテロに反対する)』とだけ掲げてほしかった。
フランスで今一番重要なのは、フランス人として生まれ育ったイスラム系移民の人々といかに平和に共生していくかなのです。
11日オランド大統領が『団結こそ力』と唱え、フランス全土で370万人もの人々が結集したのは感動的な光景ではあったけれど、一番重要なのは何に対してどう団結するかだと思います。
パリ出発を前に、ついアール・ド・ヴィーヴルとはほど遠い内容になってしまいました。
最後に普段の1月のパリの風景と、この時期開催されるオートクチュール・コレクションの写真を・・・。
右奥に小さく写っていますが、記念すべき私の『フロントロウ・デビュー』です。
何が起ころうとパリの素敵は不滅です!



