うちの娘タマ(仮称)が5歳くらいのとき
「おかあさんは、タマちゃんとおとうさんと、どっちがだいじ?」
と尋ねたことがあります。
私は、お父さんだよと答えました。
実際には、毎日毎日娘にかかりっきりで、娘のことで手いっぱいで
夫のことは後回しにしてばかりでしたが
とにかく、夫婦の関係が一番(であるべき)という
私の理想から、そう答えました。
娘は、目に涙をいっぱい溜めて
「どうしてタマちやんがいちばんじゃないの?」と尋ねましたが
夫婦ってそういうものだからとしか、答えられませんでした。
「おかあさん、おねがいだから『タマちやんがいちばん』ていって!」
娘はぽろぽろ涙をこぼしながら訴えましたが
ごめんね、やっぱりお父さんが一番大事、と言いました。
実際は、本当にそうかな?私?と、自信はありませんでしたし
その場しのぎでも、とりあえず、タマちやんがいちばんと言っておけば
丸くおさまることなのに
こんな小さい子を泣かせてまで言うことかな?とも思いました。
この事が娘の心に、一生の傷になって残ったらどうしよう?とも思いました。
でも、夫婦の関係がしっかりしているのが、最良の子育てと信じて
お父さんが一番と、主張を変えませんでした。
娘、号泣。
でもね、もしも二人のうちどっちかひとりしか助けられないようなときは
タマちゃんを助けるよ。タマちゃんには、未来があるから。
と言うと、娘は涙をふきながらこっくり頷いたのでした。
今にして思えば、肩に力が入りすぎて、理想ばかりを語っていました。
正直、どっちが大事なんて言えないし
どっちかひとりしか助けられないような状況なんて
想像したくもありません。
素直に自分の気持ちを伝えればよかった。
そもそも、どっちが大事?という疑問を、娘に抱かせてしまったこと自体
私の娘への接し方に、何か問題があったのかもしれません。
どうか、心の傷になって残っていませんように、と願うと同時に
二者択一などという究極の選択をしなくて済んでいる
この穏やかで平和な日常を、心から有り難いと思っています。
ミサイルなんか。
あ、衛星か。
「おかあさんは、タマちゃんとおとうさんと、どっちがだいじ?」
と尋ねたことがあります。
私は、お父さんだよと答えました。
実際には、毎日毎日娘にかかりっきりで、娘のことで手いっぱいで
夫のことは後回しにしてばかりでしたが
とにかく、夫婦の関係が一番(であるべき)という
私の理想から、そう答えました。
娘は、目に涙をいっぱい溜めて
「どうしてタマちやんがいちばんじゃないの?」と尋ねましたが
夫婦ってそういうものだからとしか、答えられませんでした。
「おかあさん、おねがいだから『タマちやんがいちばん』ていって!」
娘はぽろぽろ涙をこぼしながら訴えましたが
ごめんね、やっぱりお父さんが一番大事、と言いました。
実際は、本当にそうかな?私?と、自信はありませんでしたし
その場しのぎでも、とりあえず、タマちやんがいちばんと言っておけば
丸くおさまることなのに
こんな小さい子を泣かせてまで言うことかな?とも思いました。
この事が娘の心に、一生の傷になって残ったらどうしよう?とも思いました。
でも、夫婦の関係がしっかりしているのが、最良の子育てと信じて
お父さんが一番と、主張を変えませんでした。
娘、号泣。
でもね、もしも二人のうちどっちかひとりしか助けられないようなときは
タマちゃんを助けるよ。タマちゃんには、未来があるから。
と言うと、娘は涙をふきながらこっくり頷いたのでした。
今にして思えば、肩に力が入りすぎて、理想ばかりを語っていました。
正直、どっちが大事なんて言えないし
どっちかひとりしか助けられないような状況なんて
想像したくもありません。
素直に自分の気持ちを伝えればよかった。
そもそも、どっちが大事?という疑問を、娘に抱かせてしまったこと自体
私の娘への接し方に、何か問題があったのかもしれません。
どうか、心の傷になって残っていませんように、と願うと同時に
二者択一などという究極の選択をしなくて済んでいる
この穏やかで平和な日常を、心から有り難いと思っています。
ミサイルなんか。
あ、衛星か。
