できる事・できない事 | small planet

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日々の散文。
もしくは 独り言。

別のユニットの仲間が、『実践者研修』というものに参加し二週間あまりある現場実習にて打ち立てた課題。それが『出来ることを支える視点のケアをみんなで実践すること』というものだった。
かつて、私もこの研修にて大きな学びを得たことがある。
今回、ホームのみんなでこの課題に参加することになった。

今日の会議での話題だった。

週に一回のリハビリに通っている数人のばあちゃんたちの何人かは、必ず出かけるときに
『バック』を持っていこうとする。もちろん送迎バスに乗り込んだ段階でバックなど持っていたことを忘れてしまうのがオチでバックはいつも私たちスタッフが持つはめになるので場合によっては促しによりバックを持たずに出かけていた。

もう一つある日の午後ふと目を離したすきに、足の悪いおばあちゃんが、台所の勝手口の前にあるウッドデッキに干してあった自分のパジャマとタオルケットに気が付いて一人で勝手口から外に出て取りに行ってしまった。
気が付いたスタッフがすぐに迎えに行き何事もなくホールに戻ってきたのだが、私たちが目を離した一瞬のことで文字通りに『ヒヤリ・ハッと』したので報告書にまとめることにした。

この話題が今日の会議の始まりだ。

洗濯物事件についての私たちの書いた報告書の対策は二通りあった。
簡単に言うとこうだ。
①洗濯物を気にするときには、気を付けて見守り一緒に取りに行く。
②洗濯物が気にならないように整頓する。

しかしだ、この二つのどちらにも共通することは、
おばあちゃんたちは、自分で何をどうしたいかを決めて行動に移そうと考えているということだ。

出かけるときには、ハンカチやお財布、時計など大事なものをもって外出したいしそうすることがいいと感じ、洗濯物や自分のものはきちんと自分で管理したい。
だから乾いているなら自分で取り込んでタンスにしまいたい。

そんな風に、それぞれがしたいことを自由にできるように、日々の目的達成ができるように支えるのが私たちの仕事である、と、私たちは指導されてきたし学んできたはずだった。
しかし、少しきを緩めると忘れてしまう。

だから、『お金は使わないからバックはおいて出かけようよ。』
『洗濯物が気にならないように干す場所を考えよう』となってしまう。
そこにあるのは、お金を、バックをなくしてしまうかもしれない。とか、ウッドデッキは歩きにくいし転倒リスクが高まるから危険だから本人が危険な目に合わないようにしたほうがいい。
という発想に基づいている。

施設長は、言う。
『そうじゃなくて本人がしたいこと、望んでいることをできるだけ応援しようよ。危険だから歩かせないのではなくて、危険がないように取りにいける方法を探そう。バックを無くしてしまわないように見ていてあげよう。』

あるスタッフが異議を唱えた。
『でも、絶対に無くさないとは言い切れないですよ。万が一無くしてしまったらどうしたら良いですか?責任は誰がとるんですか?』
みんなが黙ってしまった。
しばらくの議論の末ほかに二つの意見がでた。

『もしもバックを持っていきたいと希望されたら、外出前と外出後にバックの中身を確認してなくしものをしてないかを確認したらどうですか?』
『私は、入居者さんの持ち物を預かることになった時、この人の大事なものだから絶対に無くしちゃいけないと思うので無くしてしまうこと自体考えられない。』

私は、会議の進行役としてスタッフの意見を束ねる以上どの意見も無視するわけにいかない。
けれど、無くすから持たせないほうがいいという意見には反対だ。
結局のところ話はすっきりしないまま終わってしまった。
しかしだ、話の視点がずれているとだけ感じた。
異議を唱えた彼の視点は『責任問題』にだけしかとらわれていない。
施設長もほかのメンバーも『自己決定への応援』についてを話している。
できるかどうかは、やってみないとわからない。
初めから『ダメ』と決めつけるのはやめにしよう。という話だ。

そこで冒頭の課題を立ち上げた仲間の視点に戻る。
彼は、毎日のケアで感じた事を胸に秘めながら数日間の研修に参加し、
『出来ないことを手助けするだけのケアに陥っていた』ということに気が付き、視点を改めて
『出来る事や、出来るかもしれない事を応援するケアに改めよう!』と考え課題を立てた。
現場実習の期間が二週間程度に定められていたため、まずは全員が毎日行う「更衣」に着眼し着替えを選ぶことに目的を絞った。
簡単に言うと、少ない時間の中でこの動作を手伝う私たちは、ほとんどの状況の場合において
なんとなく自分たちが選んだ衣類を選んでもらえるように促してしまっている。
だからその人がタンスの中から完全に衣類を選んでいるわけではない。
それを改めて、自分の好きなもの・いいと思ったものを選べるように手伝ってみよう!
という作戦である。
もしかしたら、自分たちが考えている以上に彼らにはできることがたくさんあるかもしれない。
もっと、継続して、ホーム全体でこの視点と理念を持ち続けよう。
それが彼からの呼びかけだった。

彼らの『自己決定』を大切にしようよ!
ということなのである。

帰宅してから今日の会議のいきさつをパートナーに話して聞かせていたら彼が言ったのだ。

『それは二階のH君が今回取りまとめている課題につながることだね?できることを応援しようっていうあれでしょ?すごくいいきっかけだからそこにつなげて考えてみたらいいよね。』

私はまったくつなげて考えもしていなかった。
しかし言われてみるとそのとおりである。
たまには旦ちゃんもいいこと言う。
だてに毎日私の話を聴いているわけじゃない。((笑))

施設長にもH君にも異議を唱えた彼にもみんなに感謝だ!

初心忘れるべからずなのだ。

ばあさんズの明るい毎日を支える視点は明るいほうがいい。
責任逃れや、責任を負いたくない、責任の所在はどうする?面倒な事やダメそうなことをはじめからしない、では意味がない。

よって、今日の議論は私の中で面白いことになった。
私たちリーダーの毎日は、施設長からしっかり指導されてレクチャーされた理念をいかに部下たちに伝授し育て上げられるか?の奮闘記である。

私は、逆境と難関が大好きだ。
また課題がふえたことに感謝しよう。

『責任なら私がとる!!』そう言い切った施設長はやっぱりかっこいいと私は思う。
ばあさん達も、施設長も、自分の目的が定まっているからこそそんな風に突き進めるのであろう。
やはりそれは『応援』するにふさわしい『価値観』である。

これが、今日の私の結論だ。