多忙の中ここ2ヶ月、M831剥製標本の実態研究で困惑しています。

私は、「尾の形状」と「前肢の黒斑」の2点に疑問を感じていたので、「ニホンオオカミとは違う」旨の結論付けをしていました。

すると、【PITSAさん】と名乗る方から「この標本の戦前の尾端の形状も房状と呼ぶのでしょうか。?」とのコメントが届いたのです。

 

それに対し私は「M831標本に関しては、関連の論文、TVのニュース等で知り得ているだけで、PITSAさんの仰る「戦前の形状」を知る術を持ち合わせていません。

ただ、写真上の尾端に関して申すなら、毛の長さがどの位なのか?

実物を一度も見ていない状態ですので、早い機会に標本を見る機会を得たいと思っています。」と答えました。

 

現在のM831剥製

 

すると、「戦前というのは、論文にあった大浦 豊(1934)著―日本狼の研究―に掲載された写真です。

当時は毛が纏まっているように見え、それでもやはり房状態と呼ぶのでしょうか。」・・・のコメントが再度届いたのです。

私も一端のニホンオオカミ研究者ですから、大浦さんの存在を知っていますし、著作も所蔵しています。

 

大浦 豊著 日本狼の研究

 

神田の古本屋さんで買って以来、30年ぶりに眼を通すことになったのですが、写真を見てビックリ仰天。

尾の形状が全く違うのです。

写真の下には「山東省産狼」の添え書きが有るのですが、【PITSAさん】はこの写真を言っているに違いありません。

 

90年前のM831剥製

 

その時、以前小原巌先生の仰っていた事が脳裏に浮かんで来たのです。

剥製(M831)は尾の骨が無い為、長い年月かけて、房状になったのでは無いか?・・・と。

とすると、私の主張する「尾端に房を得ず」は間違いで、ニホンオオカミなのかも知れません。

 

M831現在の尾端の房

 

しかし、眼を前足に移すと「前肢の黒斑」の無いのが解ります。

同著に掲載された国立博物館蔵「M100」剥製標本には、その存在がはっきり示されています。

 

90年前のM100剥製

 

現在のM100剥製

 

私の所蔵する文献の中に、京都大学理学部動物学教室の田隅元生助教授が著した「ニホンオオカミの実体を頭骨から探る」なる著作があります。

その中の“ニホンオオカミの定義”で先生は【本来の問いは「どんな動物をニホンオオカミと呼ぶのか」であるはずなのに、現実には逆転して「ニホンオオカミとはどんな動物か」という問題になってしまっている。】

【わが国では昔から”オオカミ“のものだと伝えられている一見類似したいくつかの頭骨から、平均的な形のイメージがまず得られ、そのイメージに合わせて、新しく見つかった頭骨が“ニホンオオカミ”かどうかが鑑定される。

だがそれはいつもライデンのタイプ標本を参考にして行われる。】

 

ライデンのタイプ標本

 

この論文は1991年に「THE BONE」なる雑誌に記されたものですが、結語としてこんな文言が載っています。

 

「THE BONE」

 

【つまるところ“ニホンオオカミ”の決め手となる頭骨の形態的特徴は未発見なのであり、それの種としての輪郭は依然としてはっきりしない。

まして“ヤマイヌ”と“オオカミ”とは識別のしようがない。

それでも、この国にエゾオオカミでもイヌでもないイヌ属の野生動物が棲息していたことは、疑いがない。

それは1種だったのか複数種だったのか、ライデンのC標本と剥製はなにものだったのかといった疑問とともに、その正体はやはり謎として残る。

その解明は、遺体に残っているDNAの生化学的解析によって初めて可能になるのかも知れない。】

 

田隅先生の記した鑑定書

 

田隅先生が鑑定した標本

 

今私たちは、文面の「ライデンのC標本と剥製の正体」を知る事が出来ています。

M831に関しても同じことが言えると思うのです。