秩父市に住む小学3年生宮原駿助君からのメッセージ続きです。

 

『●ニホンオオカミの剥製は3体のようですが、なぜこんなに剥製が少ないのですか?』

 

 

 

70年前になりますが、新潟県魚沼地方の私の実家の納屋に、クラシシ(二ホンカモシカ)の毛皮がありました。

 

 家の中で鬼ごっこをする時など、その毛皮を被って遊んでいたのですが、家の中じゅう抜けた毛が散らばり、母に叱られたものです。

 

 この様に、寒村の物置等からイヌ科動物の毛皮/剥製が出て来て、私に鑑定依頼が来る事があります。

 

 しかし保存状態は最悪の状態で判断に迷うばかりです。

 

 それは、国内3例の剥製のリニュアル前を見れば、良く解ります。

 

科学博物館リニュアル前剥製

 

東京大学リニュアル前剥製

 

和歌山大学リニュアル前剥製

 

鑑定依頼の毛皮A

 

鑑定依頼の毛皮B

 

 

 三峯博物館蔵2例の毛皮は、所有者がその価値をおもんばかって居た為、現在の形で残されたのでしょう。

 

元内田家所蔵の毛皮

 

元飯田家所蔵の毛皮

 

 

何故、所有者がその価値を知っていたかと言うなら、荒川流域に存在するお犬様神社の、御眷属である事を知っていたからだと推測します。

 

尚、お犬様神社は秩父周辺だけで20社以上存在します。

お犬様を御眷属とする神社

 

 

 

谷深い荒川流域の神社、そして山村の人達の暮らしを覗くと、ニホンオオカミは何故「お犬様」として崇められたのか・・・。

 

精魂掛けて農作物を育てていたのに、収穫になり鹿・猪に食べ尽くされる・・・それを退治するオオカミは、寒村の人達の守り神なのです。

 

旧大滝村栃本集落の畑

 

栃本集落の守り神「両面神社」

 

 

お時間が有る時お犬様神社を、出来るだけ多く巡るのもニホンオオカミの勉強になります。

 

 

 

『●剥製が少ないのに、頭の骨は多く残っているのですか?』

 

 今の様に社会制度がしっかりしていない昔、農山村の人達の生活は貧しく、病気になっても薬一つ買えない時代が有りました。

 

 病気治癒の為、野山の薬草に頼る事も一つの解決方法ですし、精神的病なら、食物連鎖の頂点であるオオカミの頭骨に頼ったのです。

 

 一般的には「狐憑き」と言いますが、秩父地方では「オオサキ憑き」と言います。

 

 体内にオオサキ(オコジョ)が憑いた時、オオカミの頭骨を枕元に置き、体内から離れるのを待ったのです。

 

 運良くオオサキ落としが出来ればそれで良いのですが、未だ憑いている時は借りてきた骨を削り、煎じて飲ませました。

 

削りに削られた頭骨は段々小さくなり、所有者はそれを防止する為頭骨に墨を塗り、削らない様にしたのですが、借主は病落としに必死ですからそれでも削ったのです。

 

秩父地方でのそうした頭骨は、長瀞町井戸の井上家と秩父市品沢の多比羅家が有名ですが、小鹿野町常木家の下顎吻端部でも削った跡が見られます。

 

長瀞町井戸の井上家蔵頭骨

 

秩父市品沢の多比羅家蔵頭骨

 

小鹿野町常木家の下顎吻端部

 

 

憑きもの落としでオオカミの頭骨を使った例は秩父地方だけで無く、お隣東京都、神奈川県下でも同様です。

 

都下、御岳神社御師蔵の頭骨

 

しかし、紀伊半島の山村では根付けにして、「魔除け」とする例が圧倒的です。

 

魔除けとしたニホンオオカミ歯の根付け

 

それに比べ、剥製にする為にはそれ相応のお金が必要ですし、その管理も大変です。

 

 

 

利用方法は違っていても人間との関わりの中、オオカミは他の動物とは違った存在で、大切な動物だったのです。

 

 

 

また、摂社末社を含め20~30万社と言われる国内の神社中の、殆どの御眷属が狛犬/狐です。

 

お犬様が御眷属の神社ってどの位存在しているのでしょうか?

 

多分0.1%にも届かないと思います。

 

私が聞くところでは、三峯神社の正式な末社は岩手県奥州市衣川の三峯神社だけだそうです。

 

奥州市衣川の三峯神社お犬様

 

 

尚、1996年10月14日に私の前に現れた秩父野犬は、動作等から察して、当歳子・・・亜成獣でした。

秩父野犬

小森日菜子さんの、ニホンオオカミへの関心度は吃驚するばかりですが、秩父市に住む小学3年生宮原駿助君からこんなメールも届いています。

【僕も、ニホンオオカミは生き残っていてほしいと思っています。

かっこいいし、絶滅していたらかわいそうだからです。

どうしてニホンオオカミは生き残れているのですか?どうして僕が住んでいる秩父なんでしょうか?】

 

 

そして2便として以下の質問も加わりました。

『●秩父地域では、ニホンオオカミをお犬さまとまつっているそうですが、住んでいる人たちはニホンオオカミを殺さなかったから、今も生き残っているのでしょうか?

 

●他の神社では、キツネやこまいぬをまつっているのに、三峯神社だけニホンオオカミをまつっているのでしょうか?

 

●八木さんが写真に撮ったニホンオオカミは何歳くらいですか?

 

●日本にあるニホンオオカミの剥製は3体のようですが、なぜこんなに剥製が少ないのですか?

 

●なぜ剥製が少ないのに、頭の骨は多く残っているのですか?(長瀞の博物館で見たことがあります。)』

 

三峯神社とお犬さま

 

 

今春55台の4Kトレイルカメラを入手し、ポイントとなる山域のカメラと交換したのですが、持ち帰った55台のカメラをそのままにする訳にも行かず、

 

現在多忙を極めています。

 

4Kカメラで撮ったテンの木登り

 

電話で直接お話をしたい旨のメッセージも有ったのですが、この欄を介しての返答にしたいと思います。

 

 

『●ニホンオオカミは、生き残れているのですか?どうして僕が住んでいる秩父なんでしょうか?』

 

 

 

絶滅動物として烙印を押されるのは「過去50年に渡り生存に関する有力な情報が得られない」からです。

 

有力な生存情報は明治38年に奈良県で捕獲された個体が最後ですから、ニホンオオカミは絶滅動物です。

 

ニホンオオカミ最後の標本

 

 

処が、絶滅=存在しない・・・と云う事では無く、生存に関する有力な情報が得られていないだけ・・・と私は考えています。

 

その故50年以上に渡り、情報収集に努めているのです。

 

私がオオカミ探しをしている事が知れ渡った中、多くの生存に関する情報が届いています。

 

その確認の為、80台ものトレイルカメラを山中に設置し、次のステップ(生体の確保かそれに準ずる有力な証拠の収集)を目指しているのです。

 

何故秩父なのかと言いますと、私の様な物好きな人間は珍しく、たまたま住んでいる上尾市と秩父山中が通える範囲である・・・とお考え下さい。

 

 

また、秩父山塊の山々は標高2.000m位が主で、ニホンオオカミ/その餌となる動物達が棲み安い環境です。

 

それと、武甲山を代表する様に、山中には大小様々な鍾乳洞が存在し、そこが棲み処として使われやすい。

 

それ故、秩父山中だけでなく、隣の群馬の鍾乳洞からもニホンオオカミの骨が見つかっています。

 

採掘前の武甲山

 

採掘で昔の面影が無い武甲山

 

奥秩父山中の仏石山鍾乳洞

 

群馬県上野生犬穴(おいぬあな)

 

 

他にも、南アルプス山域/紀伊半島山域を調査すれば、眠った情報が掘り起こされると思います。

 

そうした山域にも、私の様な物好きな人間が現れる事を切に願っています。

 

ただ、ニホンオオカミと言う動物は、勉強すればするほど謎が深まって来る動物なので、私が行っている作業を踏み台にして・・・と考えます。

平岩米吉氏の件は兎も角「M831」剥製を調べてみますと、次々に面白い事が出てきます。

 

実は当ブログ2010年9月20日欄「上野、ロンドンの動物園で飼育されていたニホンオオカミ」でも触れています。

 

【1888年、上野動物園の例であるが、東京教育博物館(後の国立科学博物館)が入手した岩手県産二頭を引き継ぐという形で上野動物園が譲り受け飼育し、内一頭は1892年6月24日迄生存していた・・・としている。しかし、死亡後の行方については記載が無い。】

 

小宮輝之氏著書

 

 

早逝した一頭の行方が斎藤弘吉(弘)氏の下記資料。

 

この二頭の内の一頭が「M831」で有る事が―【東京科学博物館倉庫内に発見せられたるヤマイヌの全身骨格並びに其田の同資料に就いて―斎藤弘】内文中『M831(廃)やまいぬ剥製10圓明治22年(1989年)東京教育博物館引継(元動物園飼育)』から伺い知る事が出来ます。

 

斎藤弘吉氏

 

斎藤弘氏(弘吉)論文

 

 

文中でM831(廃)やまいぬ剥製とあるので、斎藤弘吉氏は実物を見て無いのかも知れません。

 

しかし、どっこい、科学博物館の倉庫に眠っていたのを、小森日菜子さんが見つけた訳です。

 

大・大・大・天晴れです。

 

しかしながら、1892年6月24日迄生存していた、もう一頭の行方を知りたいと思うのは私だけでしょうか。

 

科博には1700体もの剥製が存在していますので、人知れず倉庫の中に眠っている可能性が大だと思うのです。

 

私の勘ですが。

 

TVアサヒ「博士ちゃん」から

 

 

そして、M831の台座にヤマイヌと記されていたのはー山にいたイヌーからの発想だったと思います。

 

数年前、岩手県博蔵2体の頭骨調査に赴いた際、オオカミとイヌをヤマイヌとして保管していた菅野家の様に!

 

左がニホンオオカミ頭骨

 

菅野家(左2・3人)で記念撮影

 

 

また、群馬県博の剥製にもヤマイヌの記述が有りました。

 

群馬県博の剥製

 

台座にヤマイヌと

 

 

ところで「M831」剥製を、研究仲間の森田氏は私と資料共有の中、こんな考えを述べています。

 

『M831の大きさは平均よりも小型です。

 

しかしこの大きさはライデンタイプ標本と体高、頭胴長は同様です。

 

頭長はこの標本のほうが大きいです。

 

動物園飼養の個体ですので、この条件はシーボルトに出島で飼養されていたタイプ標本同様と考えます。

 

飼養の条件により充分な発育が見込めなかった結果ではないか?と思います。

 

私見では、このM831標本はヤマイヌと推定します。

 

もちろんDNA鑑定を必要とします。

 

(ただし剥製は、細胞の変性と、同場所に配置の他標本からの影響でDNA解析は困難と思われます。)

 

小森日菜子さん

 

 

 

こうした中、M831の正体の謎は深まった・・・と考えられなくも無いのです。

 

小学校5年の女の子がこうした標本の再発掘に関わるとは・・・末恐ろしいものです。