PITSAさんと言う方から

【結局、今回の剥製(M831)は純粋なニホンオオカミのものではなく「山にいたイヌ」「ニホンオオカミとイヌとの雑種」という考えですか?

元国立科学博物館関係者の発言もどちらとも言えないものだったので気になりました。】こんなコメントが届きました。

 

ニホンオオカミの剥製とされたM831標本

 

私達のニホンオオカミ研究は、シーボルト(フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト)の書籍、日本動物誌(Fauna Japonica)、その他から始まっています。

シーボルトは、居住地である長崎の出島から江戸参府への帰路、大阪でヤマイヌとオオカミ各1頭を購入し、それぞれを出島で飼っていました。

また、京都でオオカミを購入(雌雄不明、美しい毛皮、殺して標本を得たが、船の難破で標本を失う)。

 

フィリップ・フランツ・フォン・シーボルト

 

日本動物誌(Fauna Japonica)

 

出島での飼育中、シーボルトの助手で画家のド・ヴィルヌーヴが2頭をスケッチしています。

 

オオカミのスケッチ

 

ヤマイヌのスケッチ

 

シーボルトは一貫して購入飼育した動物は「オオカミ」と「ヤマイヌ」の二種としてきたにもかかわらず、標本を受け取ったライデン博では一種のみとしてしまった。

つまり、全身骨格を含む頭骨AとB頭骨、そして、剥製標本を含むC頭骨をCanis hodophilax として。

 

全身骨格を含む頭骨A

 

B頭骨

 

C頭骨上顎裏面

 

これに対しシーボルトは自分の著書中で「日本には特異な変種であるヤマイヌすなわち山の犬(野生の犬)と呼ばれるものが登場してくる。

これをテミンク氏(ライデン博初代館長)は狼、山犬ならびにこれらの動物の皮や骨格に関する私の報告書を取り違えただけでなく、学問とライデン国立博物館に大いに貢献した功績まで私から奪ってしまった。」と、痛烈に批判しています。

 

ライデン博初代館長テミンク

 

ただ、分類学上ではテミンク氏の理論が優先し、現在の様な形になっている訳です。

ところが先般、遺伝子上での解明が行われ、ライデン博のタイプ標本がイヌとオオカミの交雑種だと云う事が解ったのです。

そして私達は、それを“周知の事実“と受け止めたのです。

勿論、シーボルトの記述だけを根拠としての事では有りません。

国内外に存在する、ニホンオオカミの頭骨標本の多くを調査してこその理論構築です。

 

タイプ標本剥製

 

そうした中、剥製/毛皮に関しては、ニホンオオカミ研究の先達今泉吉典先生からの理論をベースに勉強してきました。

分類学者である今泉先生は、タイプ標本を最優先して理論を導いてきたのですが、それは当然の事です。

【M831/小森日菜子さんの論文-3】中に記しましたが、1996年秋、山中で遭遇した「秩父野犬」の写真を今泉先生に送付した際、タイプ標本との比較をされた訳です。

ライデン博の標本と12項目の類似点を持つ秩父野犬は、三段論法的に言うなら、ニホンオオカミと云うよりヤマイヌとする方が適切かも知れません。

今となったら・・・ですが。

 

今泉吉典先生

 

とすると、ヤマイヌとは何ぞや!・・・となる訳です。

結論付けは為されていませんが、以下の考え方がされています。

  1. ニホンオオカミとヤマイヌは同一である。
  2. ニホンオオカミとは別の動物種である。
  3. 野生の犬か、あるいはニホンオオカミと犬の交雑種である。

 

この度の遺伝子上の解析では③の交雑種となりましたが、これで結論付けされた訳では有りません。

タイプ標本の剥製が交雑種だった・・・というだけです。

何故なら、遺伝子レベルでの解析が余りに少ないからで、その殆どが母系遺伝しか判らないミトコンドリアでの解析だからです。

タイプ標本をミトコンドリア解析で行った際オオカミとしての結論付けが為されたが、核DNA解析ではオオカミとイヌの交雑種となった…と云う事からでもお判りいただけると思います。

国内3体の剥製標本の中の何れかが、同じ結論付けされるかも・・・外部形態的にはそんな感じもしているのです。

 

科学博物館所蔵M100標本

 

M831標本の論文に戻りますが、「本研究では、形態学的特徴を加味し、当該標本のラベル、標本台帳、文献、関連資料等を検証して、ニホンオオカミである可能性を検証

とあります。

多くの剝製標本及び毛皮標本と向き合って来た私としては、この文面に違和感が有ります。

研究者が標本と向き合った時、形態学的特徴を検証しその次に来歴等の諸々の検証に移るのですが、当該標本は・・・。

有るべきでない尾端が房状で、前肢の下部に有るべき黒斑が無い。

つまり、小原巌先生に廃棄を命じた上司はM831標本を、(外部形態上)ニホンオオカミでは無いと結論付けした。

・・・そうした推論が考えられるのです。

 

この標本も若しかしたら

 

M831標本の正体は何なのかと云う事になりますが、今の時点では「ニホンオオカミ」説を私は否定します。

過去に於いてニホンオオカミとして取りざたされた多くの標本、外部形態的にそうでは無いとされた標本も、核遺伝子レベルでの解析をする。

時間も経費も膨大なものになりますが、そのとき、M831標本の立ち位置が判明すると思います。

 

尾の形状が疑問です