科学博物館所蔵のM831標本。

論文中「外部形態の検討」10点の記述中に、非常に重要な要素―前肢の黒斑―の事が触れられていないのです。

現物を見ていないので確かなことを言えないのですが、前肢の黒斑に付いても疑問を感じざるを得ないのです。

 

ベルリン博物館の毛皮の黒斑

 

TV画面の推測ですとその存在が在る様な無いような・・・。

しかし、論文中それらに関する記述が全く見られないと云う事は存在自体が無いのでしょう。

その為以下の今項記述は【前肢の黒斑は「存在が無い」】・・・として記述を進める事とします。

 

1996年10月、眼の前に現れた「秩父野犬」の写真を19枚撮影した私は、その全てを今泉吉典博士に送付し、その所見を伺いました。

 

秩父野犬

 

すると、ライデン博のタイプ標本との比較の中、12項目の類似点を示されたのです。

 

ライデン博のタイプ標本の黒斑

 

下記がその12項目です。

 

1 短い耳介

耳介が短く前に倒しても目に届かない。大陸オオカミは耳介が長く前に倒すと目に達する

 2.前肢が短く体高率が約50%程度

<体高率体>高さ÷頭胴長(鼻先~尾の付け根)×100

  3.頬髭

耳介の前に始まり下顎に達する長毛の塊(頬髭)がある。

  4.マント

胸と腰の上半分を覆う毛は胴下面の毛より長いマントを形成。

 5.黒帯

背筋には先端の1/2以上が黒色の長く、逆立った毛で形成された黒帯があり、その外縁が肩甲骨の後縁に沿って下降し菱形班を形成すること。

  6.スミレ腺(臭腺)

尾の上面基方1/3にはスミレ腺の存在を示す黒班がある。

  7.尾の先端が黒い

   

タイプ標本の図版-1

 

   8.二色性

耳介の後面と頸側及び前肢外面には先の黒い毛が殆どなく鮮やかな橙赤色を呈し、灰色のマント部に対照する二色性を示す。

   9.暗色班

前肢全面、腕関節の上方に暗色班があること。大陸オオカミでは約半数に現れるが、犬では稀。

 

タイプ標本の図版-2

 

10  四つ目ではない

目のまわりに鮮明な淡色班がなく、特に四つ目模様ではない

11 額段がない

顔に額段(ストップ)がない。

楕円形の足底

12 足底(前後足の地に接する部分)は中度の楕円形のようである。

 

前後足の地に接する部分

 

M831標本論文中の外部形態での記述10点中、上記12項目に関する外部形態と重なるものは1の耳介/2の前肢の体高率/5背筋での黒帯状/他です。

つまり、観点が他にも沢山有るのですが、今回のM831論文は、ニホンオオカミ剝製の外部形態を論ずるには、少し物足りない・・・そして、肝心の前肢の暗色班の件。

有ってはならない尾端の房(が在り)/有るべき暗色班(が無い)。

 

科博の剥製の黒斑

 

この時の見解が独り歩きして、後の重要な判断材料になったのですが、一番信頼が於ける標本はロンドン自然史博の(鷲家口産)仮剥製だと、今泉先生は仰っています。

 

鷲家口産仮剝製の黒斑

 

何故かと申しますと、捕獲された時に一番近い状態、つまり限りなく人の手が入っていない状態で有る・・・と云う事です。

 

又、論文中の46ページ(5)当該標本の問題点の検証―の末尾に「当該標本はM831と推定され、M831は1888年に上野動物園に来園した岩手県産ニホンオオカミとされるので、当該標本はニホンオオカミの剥製標本であると結論する。

有益なコメントをいただいた2名の査読者にこの場を借りて感謝申し上げる。

・・・と、在ります。

 

東京大学の剥製の黒斑

 

和歌山大学の剥製の黒斑

 

この結論付けに対し疑問を感じた私は、今泉先生亡き後ニホンオオカミ研究の第一人者である小原巌先生に電話致しました。

元国立科学博物館科学教育室長の肩書を持つ小原先生は、未だ若かりし頃上司から、M831標本を廃棄処分する様幾度も指示されたが、劣化した標本に触るのが嫌でそのままにしていたそうです。

それが今、こうして脚光を浴びる事となって、廃棄しなくて良かった。

ただ上記の結論付けは、外部形態の観点から見ると、同意出来るものではないが、否定も出来ない。

つまり、遺伝子上での判断が為されるまで、待つべきだ・・・・・と仰っていました。

 

左が小原先生