韓国のことわざに「本を貸す馬鹿・借りた本を返す馬鹿」と云うのがあるそうです。
私も「山怪」の初版本を購入し、面白い本だったので知人に貸したのですが、結果として知人は利口だったのです。
そんな事を著者に話しましたら、拙宅訪問のお土産として「山怪」の文庫本1・2を持参してくれました。
漫画化された山怪
5年振りに、改めて眼を通したのですが、何故か新鮮な気持ちで魅入りました。
科学で理解不可能な事例が特に好き・・・と云う事では無いのですが、何故か山歩きの最中「山怪」に記されている様な体験を幾度もしているのです。
そう言えば15~6年位前、神奈川県下で行われたニホンオオカミの会合で、オオカミ話の中に織り交ぜ「山怪」的な体験を話したら、「科学的レベルの会合に相応しくない内容は不味い!」とお叱りを受けたことが有りました。
ニホンオオカミは過去に於いて存在した動物で、カッパ、ツチノコの様な不明動物とは違う。
所謂怪奇現象・山怪的体験談をごっちゃにしたら、私のオオカミ体験事体信憑性を失う!と云う訳です。
伝承と科学
会合時のレジュメ
カッパ図
山歩きをしている時同行者に、「自分で体験したことが信じられなかったら、この世の何が信じられる?・・・」等と話すことが有ります。
私にしたら、耳にしたオオカミの咆哮も、写された秩父野犬の存在も、幾度かの山怪的事例の体験も、同列で真実の事なのです。
紀伊半島で山仕事をしていた人は魔除けとして、ニホンオオカミの根付けを身に着けていたのも、そもそも「ヤマ」と云う処は、科学の世界で解明できない事が有りふれている・・・。
と云うより世の中の出来事で、科学で解明出来る事の方が圧倒的に少ない・・・と私は思っているのです。
それ故「山怪」がベストセラーとして文庫本化となった・・・。
魔除けとしての根付け
繰り返しますが、私も山で不思議な体験を幾度もしていて、このたび「山田さんの恰好な題材」となった訳ですが、最初の経験は幼少期の「臨死体験」でした。
そして、奥越後を縦走していた時の不思議な体験が高校2年の秋。
その4年後の夏は、小屋番をしていた苗場山頂で・・・この2例は当ブログー2014年10月21日掲載の不思議な体験―でも紹介しています。
20数年経った1992年5月下旬には、屋久島の避難小屋で・・・。
そうした経験をしているからこそ、絶滅したとされる二ホンオオカミを探し続けてこれた・・・のだとも思っています。
奥越後を縦走していた際の地図
この山小屋番をしていて
屋久島の避難小屋
宮之浦岳山頂にて
西丸震哉著「山歩き山暮し」(中公文庫)中にこんな記述が有りますので、この項の纏めとして残します。
【本当の科学者は分からない事象・未知の分野についての憶測は決してしない事をモットーとするものだ。
分からない事はデーターを分類し分析して、その中から関連する一貫した性質を導き出して仮説をたて、実験できるもの、つまり再現性が得られる様なものの性質を発見する努力をしてみる。
そして定説を作り上げるという順序を立てていく。
有りそうだとか、時々出現する事象に付いては、存在すると仮定して出発しないと、いつまでたっても解明する事は出来ない。
感じだけで、なさそうだとか、有ってはおかしいとか、信じられないとかを、データの集積段階以前でいい切ろうというのは、非科学的な頭脳の持ち主のする事だ。】
西丸震哉著「山歩き山暮し」
西丸震哉御夫妻










