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野生動物は生を得ている時間の殆どが、捕食か睡眠の時間です。
捕食が出来ない事は死を意味し、逆の、捕食される立場になる訳です。
腹を喰われた鹿
傷を負う事は捕食される立場に近づく事で、余程の事が無い限り、リスクを伴った捕
食はやらないと考えた方が自然です。
傷を負う最大の原因は、被捕食者からの反撃で受けた場合とか、
捕食容易い場所をめぐって同種のもので争いを起こし、傷を負う事等が多いと思われ
ます。
鹿の角突き合わせ
左前足を切断した鹿
それは人間の世界でも同じです。
オオカミが集団の場合、自分より体力の勝る鹿、カモシカ、イノシシ等を襲う事も出
来ますが、
1匹だけの場合、弱い個体(子供、病体)を狙うでしょうし、死体も食す事になると
思います。
食い尽くされた鹿
奥多摩のある山村では猟をする人が2グループ30人程居て、1グループは猟期
(11/15~2/15)だけの活動、
他の1グループは有害駆除もするとの事で、有害駆除を含め年間200頭の鹿を捕獲
するそうです。
また、駆除の場合一頭2万円位の補助金が出るそうですが、各行政区により違いが生
じている様です。
オオカミを撃ったお爺さん
捕獲した獲物は美味しい部位は自らが食しますが、大猟で近所に配り切れない場合は
穴に埋めると言います。
ただ最近は肉の処理場が出来て、土産物屋等で販売されています。
また、射程距離内にいる獲物は、銃を持った者の本能として分別を持たなくなる場合
が多く、特別天然記念物、私達が求めている種類の動物を含むそれらは、「全て穴の
中に消える」と猟師の口から聞いた事が有ります。
熊猟の風景
昔の話になりますが、死んだ人間が土葬となり、それをオオカミが掘って食べ
る・・・これは民俗学的にも良く知られた事です。
人間が穴に埋めた、鹿、カモシカ、イノシシ等をイヌ科動物が食べた場合毛糞として
体外に出ます。
2010年頃のNHKロケで、2日間の飛龍山ロケに登山口の猟師が同行しまして、この地
域の猟の仕方を聞く事が出来ました。
使う犬は甲斐犬、紀州犬、国外犬の三種で甲斐、紀州は傷を負わない以外は回収でき
るそうで、外産犬は戻って来ないケースもあるそうですが、ここ5年位不明犬はいな
いそうです。
そもそも国外犬は耳ダレですので、見てすぐオオカミとの判別は出来る訳です。
毛糞の収得地点はまさしく核心部ですので、「ニホンオオカミの毛糞」と考える事も
出来ます。
私も20数年前奥秩父林道で収得しまして、現在も冷蔵庫の中に保管しています。
採集した毛糞
ただどんな形で科学的検査をしても、それが「ニホンオオカミの毛糞」として同定さ
れた事は有りません。
国内に有る毛皮標本(剥製を含む)は部位に依ってあやふやな部分が有り(剥製師が
思い思いに貼り付けたりして)遺伝子レベルで比較しても困難なのです。
見た、聞いた、撮った、録った、糞を拾った、等の基本的なデーター蓄積をすると共
に、情報量が圧倒的に多い動く映像を得る・・・。
個人の限られた力が及ぶのはこの辺まで・・・と私は考えています。
熊の交尾我家の食膳に必ず並ぶ津軽塗の箸。 私と妻のお揃いで、もう30年以上使い続けている箸です。 この箸は弘前市内のニホンオオカミ標本所有者「中畑家」から戴いたもので、食事の 度にその時の様子が蘇って来るのです。津軽塗の箸
中畑家の頭骨標本 さて、日本国内外に散在しているニホンオオカミの標本は、現在100例前後と言われ ていますが、正確な数を知るものは誰も居ません。 新しく見つかった標本も有りますし、史上に示された標本でも行方が知れない標本も 多いのです。 国内外の標本を手に取って来た私ですが、そうした中、印象的な標本も数多くありま す。 例えば、福島県内のある山村の話です。 標本の存在を家人は知っていたのですが、その家としては価値が認められず、或る豪 雪の日、納屋に火を点け燃やした際その中に標本が在った。 とか、神奈川県の某市で展示していた際いつの間に行方不明となり、その為同市の文 化財指定を解除した・・・。 私の調査で一番ショックだった経験です。 2003年に神奈川県立生命の星・地球博物館学芸員の中村一恵氏が、「ニホンオオカミ の頭骨記録」として論文を発表していますが、76例の掲載に過ぎません。
ニホンオオカミの頭骨記録-1
ニホンオオカミの頭骨記録-2 76例の殆ど全ては過去に於いて論文で発表された標本で、主たる引用は斎藤弘吉氏 の「日本の犬と狼」15例、直良信夫氏の「日本産狼の研究」 38例が顕著です。 私が直接教わった研究者でも、国立科学博物館科学教育室長の小原巌氏が2004年 に「ニホンオオカミの分類と変異」として、中村氏同様の論文発表をしています。 そして「ニホンオオカミの頭骨記録」上でも11例の小原氏調査の標本が引用されてい ます。 最近神奈川県清川村で遺伝子的な解析の下、「ニホンオオカミで村起こし」的な盛り 上がり方をしていますが、実は35年前の1,990年に「神奈川県厚木市及び愛甲郡清川 村の民家に保存されているニホンオオカミの頭骨」として、小原巌氏が論文発表をし ています。 私も30数年前、泊りがけで清川村の標本を手に取っています。 何を今更とも思うのですが、村の関係者は小原巌氏の論文の存在を知らなかったので しょうか。
日本の犬と狼
日本産狼の研究
ニホンオオカミの分類と変異
清川村の頭骨標本 昔の書籍では、個人情報的な事はやかましくなく、頭骨所有者の住所氏名が記載され ていました。 NTTの案内に電話し、頭骨所有者の電話番号を聴き、了解を得た後標本調査を行った のですが、 青森県内に在るとされた2件の所有者「中畑家」「古山家」にも、同様の方法で連絡 をしました。 しかし、電話口の相手とは通話不可能だったのです。 弘前市内の「中畑家」は左程の件数でもなく、1件1件電話をして所有者に辿ろうと したのですが、すぐ私の考えが甘すぎる事に気付きました。 1~2件電話したのですが、津軽弁と越後弁(私は新潟県出)ではまともな話が出来な く、要領が得られなかったのです。 そんな訳で連絡の方法を色々考えました。 そして無い頭を絞った結果、弘前市の教育委員会に手紙を出すことを思いつき、その 様にしたのです。 手紙を出して半年が過ぎ、すっかり忘れていた頃、思いがけず…まさしく思いがけ ず、返事が来たのです。 市役所近くの本屋さんに時々寄る教育委員会の担当者が、その家が「中畑」姓だった 事を思いつき、主に標本の事を聞いてみると…ピンポーンだったのです。 この標本はニホンオオカミ研究の魁「斎藤弘吉」氏が、国内最初の標本として昭和の 始め見出したもので、70年の時空を経て再発見した私としては、 天にも昇る気持ちで弘前市役所に向かったのです。 大した土産持参で伺った訳でもないのに、帰りに「津軽塗の箸」を渡された私として は、一生物として使っている次第です。
中畑家の御主人








