canela のカリブな生活

canela のカリブな生活

カリブの太陽の下で考えること

気がついたら、カリブ海の島に住んでしまっていた私。なぜなんでしょ。
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今年、実家に届いた一枚の年賀状。大学時代の古い友人からの新年の挨拶が、昔の思い出を呼び起こしてくれました。ありがとう。みんなに読んでほしいから、がんばってブログしてみます。



iPhoneからの投稿
カズの今日の新語。「メー」と「ミミ」。目と耳が言えるようになりました。普通の赤ちゃんは22ヶ月ぐらいからスラスラ言葉がでてきて、ちょっとした文章を言えるようになるらしいですが、やっぱり2カ国語を話す環境にある子は、言葉が出るのが遅いみたい。それでも、すーごくうれしくってべた褒めしたら、自分でも誇らしげにメー、ミミと連発してました。
夜、実家に電話して、カズのメーとミミをバーバとジージに聞かせてあげようとしたけど「ノー」と首をふってなかなか言ってくれませんでした。そんなもんですね。
7月3日付けのエル・パイス誌(オンライン版)にちょっと感動した記事が掲載されていたのでご紹介したいと思います。(ちなみにエル・パイス誌はスペインの主要新聞です。)

「なぜいまだに集団墓地が残っているの?と日本で聞かれるんです」というタイトルの記事です。以下要約です。

あらかわとおる氏(70歳)という日本人が、一枚の新聞記事の切り抜きと歴史記憶回復協会(Asociación para la Recuperación de la Memoria Histórica)の副会長サンチアゴ・マシアス氏の写真を手に、ある日ポンフェラダ町(レオン市)を訪れた。突然、この日本人からの電話を受けたサンチアゴ氏は「なぜ日本人が集団墓地の発掘を?」と訳が分からなかったと言う。

あらかわ氏がスペイン市民戦争の集団墓地の発掘ボランティアに参加したいと思ったのは、日本で同件に関するドキュメンタリー番組を見たのがきっかけ。以来、彼は10年がかりでスペイン語を習得し、スペイン市民戦争に関するさまざまな文献を読んだ。そして市民戦争の生存者に会って行方不明となっている犠牲者の捜索を手助けしたくなったと語る。

日本では「なぜそんなにたくさんの集団墓地が残っているのか?」「なぜあなたがその発掘をしに行かなければならないのか」「フランコの死後、何年も経っているのになぜまだ集団墓地に埋葬されているのか?」とよく聞かれるという。

スペイン料理を愛し、協会の仲間からも慕われる彼は、つたない英語と涙を見せたことを詫びた。「ポンテス(ルゴ)ではじめて参加したのですが、ご家族の悲しみを思うと胸が痛かった。その時指に婚約指輪をつけた遺骨を見て、その辛さが理解できたのです。」と再び声を詰まらせた。
「以前の職業は?」という質問には「英語の教師です」と椅子を揺らせて笑った。


以下「サパテロ首相、スペイン市民戦争の集団墓地の発掘に尽力した日本人、あらかわとおる氏に叙勲申請を受ける」という記事の要約です。

遥か日本から海を渡り、スペイン市民戦争の集団墓地の発掘に尽力した日本人、あらかわとおる氏が昨年10月5日に死去した。歴史記憶回復協会(Asociación para la Recuperación de la Memoria Histórica)の会長エミリオ・シルバ氏は、彼の功績は市民勲章の栄誉に値すると信じている。

あらかわ氏のご冥福を心からお祈り申し上げます。世界の端で私のような者にも感動を与えてくれた氏の功績が認められますように。

原文はこちら
http://www.elpais.com/articulo/ultima/Japon/preguntan/quedan/fosas/elpepuesp/20081007elpepiult_2/Tes
http://www.elpais.com/articulo/espana/Zapatero/recibe/solicitud/condecorar/Toru/Arakawa/japones/ayudo/abrir/fosas/Guerra/Civil/elpepuesp/20100309elpepunac_40/Tes