僕は最寄りのスーパーに買い物に行きました。我が家では毎週日曜日に、一週間分の食材等をまとめて買い込むのです。
そのスーパーの入り口には銀行のATMが併設してあります。よくある光景でしょう。
その日、そのATMの前には老婆がいました。
腰はひどく曲がり、目線はATMのタッチパネルと同じくらいの高さにあります。当然、誤操作の連続です。
不意に、老婆と目が合いました。
「すみません…ちょっとうまくできなくて…」
老婆は僕に助けを求めてきました。
見れば、腰の曲がった体を支えるために機械にかけた手が、タッチパネルに触れて誤操作を繰り返しているのです。
老婆はそのことに気付いていません。
始めのうちは僕も、「ここを押して下さい」「次にここを押して下さい」と、手順を説明して老婆に操作してもらおうとしました。
指定した箇所を押すことすら覚束無いのです。
また、片手は相変わらず、パネルの端に触れたままです。
堪らず僕は、自らパネルを操作し引き出し画面を呼び出しました。
暗証番号は老婆に入力してもらい、僕は後ろを向いていましたが、正直、また操作を誤ってやり直しにならないかと、内心ヒヤヒヤしていたのです。
ようやく手にした二万円を手に、僕に頭を下げながら老婆は、スーパーの人混みの中にゆっくりと消えて行きました。曲がった腰で、手押し車を押しながら。
自分の買い物をしている間も、売場の一角で手押し車に座って休憩している老婆の姿を見ました。
僕は思わず目を逸らし、足早にその場を離れたのです。
また手間をかけさせられるのが煩わしかったのでしょうか?
それもあるでしょう。
でも本当は、見ていられなかったのだと思います。
老婆がその全身で体現する老いの悲しみを。
それでも日々の暮らしを営んでいかなければならない生の残酷さを。
そして、確実に間近に迫る死の気配を…。
偉い人は言います。
一億総活躍社会だと。
生涯現役だと。
でも僕には皆目見当もつかないのです。
あの老婆が。
ただボタン一つ押すことさえままならないあの老婆が。
ただ自分に依って立つことさえままならないあの老婆が。
一体どのように活躍すれば良いのでしょうか?
あるいは、長く生きたその経験が、その知識が、若い世代への財産だと言う人もいます。
でもあの老婆は意思疎通もままならないのです。
例えどんな経験や知識を持っていたとしても、他者に伝える術がなければどうしようもありません。
スーパーを出る時、また別の誰かに助けられている老婆の姿を確かめた僕が感じた安堵は、一体なんだったでしょうか。
傾斜10度の坂道を
腰の曲がった老婆が少しずつ登ってゆく
紫色の風呂敷包みは
また少しまた少し重くなったようだ
彼女の自慢だった足は
薄い草履の上で横滑り横滑り
登れども登れども
どこへも着きはしない
そんな気がしてくるようだ
それでも僕はこう思いました。
ちょっといいことしたんだからパチンコで勝てねぇかなぁ!(クズオブクズ)
といったところで、今回ご紹介するのは、そんな老いの悲しさをこれでもかと叩きつけてくるこちらの作品。
忘れっぽいのは素敵なことです、そうじゃないですか!?
呪われたビーチで二万倍速で繰り広げられる人生の縮図!
シャマランファミリーと俺との死闘が、今始まる!
それではストーリー!
まずは冒頭、送迎バスに揺られリゾートホテルを目指すキャパ一家の姿が、そこにはあった。
11才の娘マドックス、6才の息子トレント、そしてパパとママの四人パーティーだ。
南国情緒溢れるリバービューのリゾートホテル「アンミカアナミカ・リゾート」では、ゲストの好みに合わせたウェルカムドリンクとスタッフの狂い咲きの笑顔がお出迎え。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240213/21/candyman756419/67/ad/p/o1080060715401163050.png?caw=800)
マドックスとトレントの幼い姉弟も、ホテルスタッフの親族であるという同年代の少年と仲良くなり、全力でバケーションを楽しむ構えだ。
一見すると仲睦まじい家族旅行に見えるが、パパとママには秘密があった。
実はママには腫瘍が見つかっており、それはそれとして近々離婚予定。
パパは別れたくなくて未練タラタラの様子だが、これが最後の旅行という切ない思いを秘めていたのだ。
さて、そんなこんなのバケーション二日目、狂い咲きの笑顔が胡散臭いホテルマンから、とある秘密のプライベートビーチを紹介される。
「普通は教えないのだがあなた方のことが好きになったから」などと、益々胡散臭い。
おまけに、秘密のビーチ入り口まで送迎してくれたバスの運転手がナイト・シャマラン本人であるに至っては、「みんな逃げて!」と言うほかない!
果たして、切り立った峡谷を抜けて辿り着いた先には、マジで最高のロケーションのプライベートビーチが広がっていた。
キャパ家の他にも、同じくホテルマンに気に入られて案内された数家族が居たが、ホテル前のビーチの人混みを思えば雲泥の差。
そして何より、ビーチを取り囲む壁のようにそそり立った奇岩は絶景である。
ここで、プライベートビーチに招待されたイカしたメンバーの紹介だ!
まずは自称天才外科医、チャールズファミリーだ!
若作りに余念のない妻クリスタルと、トレントくんと同じ6才の娘カーラ、チャールズの母親とあと犬という四人と一匹パーティーだ!
一家の大黒柱チャールズの情緒がやたら不安定だが、まぁ気にすんな!
お次は看護師のジャリンと心理学者のパトリシアのカーマイケル夫妻!
妻のパトリシアはてんかん持ちだが、まぁ気にすんな!
最後に、唯一ボッチで参加している人気ラッパーの兄ちゃん、その名もミッドサイズ・セダン!
イカツイ見た目に反して血が止まりにくい特異体質だが、まぁ気にすんな!
なぜかどの家族にも病気持ちがいるが、まぁ気にすんな!
ついでにこのリゾートの経営が大手製薬会社だが、まぁ気にすんな!
大人たちの事情はさて置いて、キャパ家の姉弟とイカレ外科医の娘カーラは年も近いこともあり、子供同士すっかり打ち解けキャッキャウフフと盛り上がっている。
しかし幸せは長くは続かなかった!
トレントくんが全裸美女の水死体を発見してしまったのだ!
しかもその全裸美女は、ラッパーの兄ちゃんのツレだったからさぁ大変!
直ぐ様イカレ外科医が「お前が殺したんやろがい!」と完全に見た目で決め付けにかかるなど、現場に緊張が走る。
ともあれ、水死体が上がったとあっては最早バカンスどころではない。
急ぎ、送迎バスの運転手(シャマラン)に連絡を取ろうとするが、奇岩に囲まれた立地のせいか、携帯の電波が入らない。
ならばと、峡谷を抜けて来た道を戻ろうとするが、なぜか強烈な頭痛に襲われ、気絶してビーチへと押し戻されてしまう。
一体このビーチは何なのか?
そうこうしている間にも異変が次々と一行に襲い掛かる。
まずは手始めに、イカレ外科医のママが、不調を訴えた直後に息を引き取り、取って返す刀でワンコも突然死亡。
「全裸美女の死体を見て動揺したからだろう」という雑な見立てで納得しようとするが、事態はこれだけでは終わらない。
キャパ家の11才の娘マドックス、同じく6才の息子トレント、イカレ外科医の6才の娘カーラの姿が見当たらない。
代わりに、それぞれ一回り年上くらいの姉ちゃん兄ちゃんがいる。
「いや、僕トレントですけど何か?」
そう、子供たちが急速に成長しているのだ!
子供だけがかかる病気か何かだろうか?
当初は子供たちだけの異変と捉えた一行だったが、どうやらそうではないことが分かる。
ちょっとした切り傷はたちどころに治癒し、さっきまで死姦してもいいくらいピチピチだった全裸美女の死体がすっかり白骨化している。
まさか…プッチ神父のスタンド能力!?
ノー、違う。
そう、このビーチだけ時間の流れが異様に速いのだ。
子供だけが成長したように見えたのも、大人は変化が分かりにくいだけで、みんなきっちり年を取っていた!
考古学者でもあるキャパ家のママが、通常遺体が白骨化するまでにかかる時間から逆算したところによると、ここではおよそ30分に一年のペースで年を取る。
丸一日過ごせば50年近く年を取り、大人たちは皆寿命で死ぬ。
子供とて二日と持たない…。
と、そのような深刻な話を大人たちが展開している間、「体は成人、心は6才!」なキャパ家の息子トレントと、イカレ外科医の娘カーラの姿が見えない。
また何か良からぬことが起きたのではないかと、必死で子供たちの名を呼ぶ親。
「パパ、ママ、僕たちはここだよ~。嫌だなぁ!」
満面の笑顔で仲睦まじく手を繋ぎながらテントの中から登場したトレントとカーラ(体は成人、心は6才)の姿に一行もひと安し…ん?
…孕んどるやないかい!!
20分で完了する超時短出産!
メロン大にまで急成長する腫瘍!
着々とガンギマっていくイカレ外科医!
着々と骨が曲がっていく外科医の嫁!
果たして一行は、限られた時間の中で、この無慈悲な摩訶不思議アドベンチャービーチから脱出することができるのか!?
そして、ジャック・ニコルソンとマーロン・ブランドが共演した映画は何なのか!?
…クソッ!シャマランめ、クソッ!!
いきなり悪態をついてしまったが、なんかもう腹立つくらいに今の俺にぶっ刺さりまくる、シャマラン節全開の文句無しの名作であったと言わざるを得ない。
シャマラン作品と言えば、一捻りも二捻りも効いたあり得ない基本設定からスタートして、それでいてその後のストーリー展開はストレートな王道。
名優たちの名演技と容赦ない名演出でもってゴリゴリにヒューマンドラマを描き切るという、火の玉ストレートな作りが特徴だ。多分。
それは本作でも健在で、「なぜか猛烈な勢いで年を取る脱出不可能なビーチ」という特殊設定を飲み込んでしまえば、あとは脱出するための悪戦苦闘や、それぞれのご家庭の問題、極限状態で織り成す人間ドラマなどが極めてストレートに、しかし容赦なく描かれているに過ぎない。
また、時に絵画のような美しさでもって描かれる色鮮やかな画作りも特徴だ。
美しさと不気味さが同居する独特の緊張感で、見る者の心を作品世界にグッと引き込んでくる。
あまりに容赦のない残酷な展開に比して、直接的グロ描写は驚くほど少ないのだが、それでもこの緊張感や、あるいは胸が抉られるような残酷さが途切れることなく持続する雰囲気作り、画作りはさすがの一言だ。
一方で、これまでのシャマラン作品と言えば、全体の97%は楽しめるが最後の五分で置いてけぼりを食らうことでも有名だ。(俺の中で)
例えばメル・ギブソン主演の『サイン』では、無理矢理な神の啓示解釈で信仰心を取り戻すオチに得心がいかなかった。
例えば『ヴィレッジ』では、自らのダブルスタンダードを愛の美名で糊塗するハゲにイラッとした。
糊塗するハゲ…糊塗…古都ひかる!
しかし本作では、そんなラストの怒涛の置いてけぼりが極めて軽微!
状況が特殊過ぎていまいちピンとこない謎解きや、まさかのスカッとジャパン!なラストなど、いくらかのどんでん返しはあったが、それでもって置いてけぼりを食らうとか、著しく興を削がれるといったことはなく、「成長したな、シャマラン」と、思わず上から目線になってしまうのだった。
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240222/14/candyman756419/4e/bb/p/o1080060715404595251.png?caw=800)