いつとは言わんが、去る5月某日は、俺の34回目の誕生日だった。
まずは、見ず知らずの他人からプレゼントを受けとるのもやぶさかではないとだけ言っておこうか!

まあ、ほんの少し真面目な話をすると、もう何年も、自分の誕生日がめでたいとは感じられなくなっている。
ただ無為に老いていく自分を痛感するからだ。
いつだったかは、俺の誕生日に給与改定があり、勤続六年目にして初任給を下回るというサプライズで、死にたくなった。
噂には聞いていたが、30を超えたあたりから、体力の衰えは嫌でも実感する。
徹夜どころか、子供より先に寝落ちしてしまうのも日常茶飯事だ。
そのくせ精神的には、未だに学生気分さえ抜けない。
友人らと、オールナイトでアニソンカラオケに明け暮れた日々が、昨日のことのように思い出される。
一方で、好きなものを追い続ける若い情熱は失い、夢を追うことなど現実的でないと、冷めた感覚で考えたりする。
その割りには、かつての若い情熱の大半を傾けた、セガサターンやドリームキャストなどは、未だに手放せず、押し入れの奥にしまっているのだから、始末におえない。

そんな日々の中で、こうして改めて年を重ねると、ふと自問してしまうのだ。
この世に生まれて、俺は何か残せただろうか?
毎日毎日、仕事、ゾンビ、仕事、ヴァンダムの繰返しで、なんら進歩のない俺の人生。
34にもなって、このままでいいのだろうかと、今一度、自分の人生を、内省的に振り返ってみる必要があるのではないかと、このように感じるわけだ。

さて、このように人生に迷った時、道標となるべき一人の男がいる。

ジャン=クロード・ヴァン・ダムだ。

結局ヴァンダムかよ!との批判に対しては、この際こう言いたい。
それ以上に大切なものって何だ!?と。

そして、ヴァンダムという男を語る上で、決して避けて通れない作品がある。
彼のリアルガチな苦悩や人生観が、どうかと思うレベルで詰め込まれた、他の作品群とは明らかに一線を画す珠玉の一本だ。

『その男ヴァン・ダム』

ヴァンダムがヴァンダムを演じ、ヴァンダムが強盗に間違われる。
こう聞いてあなたは、どんな作品を想像するだろうか?
どう考えても、自虐ネタ満載のコメディしか出てこない。
確かに自虐ネタは満載だ。
しかし、あまりの悲壮感に、心をゴリゴリにえぐられ、「僕はもう、ヴァンダムで笑えません…」と項垂れるしかない作品に仕上がっている。

本作を映画にカテゴライズしていいかも怪しいところだが、一応ざっと、ストーリーのようなものを紹介すると、こんな感じだ。

仕事ではヒット作などついぞなく、年を取り体力は衰え、アクション俳優としてすっかり落ち目のヴァンダム。
プライベートでは、別れた嫁と、娘の親権を巡って裁判の真っ最中だが、弁護士費用さえ滞納し、このままでは弁護を続けてもらえないという、踏んだり蹴ったりな状況。
なんとかギャラの先払いで仕事を紹介してもらい、振り込まれたはずのギャラを引き出しに、故郷ベルギーの郵便局に訪れたところ、まさに強盗の真っ最中。
あっけなくヴァンダムも人質に取られてしまうが、中の様子が分からない警察は、なんとヴァンダムが強盗を働いたと勘違い。
果たしてヴァンダムは、この色んな意味でピンチを乗り切れるか!?というお話。

改めてストーリーを説明してみると、やっぱり自虐ネタ満載のコメディにしか見えないな!

まあ確かに、笑える自虐ネタがないではない。

冒頭から、どうかと思うほどの長回しのアクションシーンをやらされ、「俺はもう47だぞ!勘弁してくれ!!」と、息も絶え絶えに訴える姿は、いい感じに哀愁に溢れていた。

また、娘の親権を争う裁判で、嫁の弁護士が、ヴァンダムがいかに親として不適格か力説するのだが、その一環で、ヴァンダムの出演作を大量に持参して、こう言うのだ。
「彼の作品で、悪役がどんな殺され方をしたか列挙してみましょう。トラックに潰される、銃で撃たれる、爆発する、トラックに潰される、蹴り殺される、トラックに潰される…」

そんなに潰されてたっけ?と思わないではないが、ワンパターンへの揶揄であることは間違いない。

あるいは、ヴァンダムのファンだという、強盗の一人、通称マヌケと、こんな会話が繰り広げられる。
「ネットで噂になってた、なんとかっていう新作はどうなったんだ?」
「あれはセガールに主役を取られた
「セガールだって!?あんなやつよりあんたの方が…」
「だがやつは、ポニーテールを切った」

だから何だ!?という意見もあろうが、ヴァンダム界隈では大事だ。
事実、マヌケも、「そうか、ポニーテールを…」と、納得せざるを得ない様子だった。

だが、そんな本来なら愉快なネタの数々も、全編を覆う淡々とした悲壮感に、しっかり打ち消されてしまう。
裁判のシーンにしても、トラックに潰される云々の弁護士より、「パパがテレビに出るたび、友達に笑われるから、パパとは暮らしたくない」という娘の言葉を、まんじりともせずに聞くヴァンダムの、苦悩に満ちた表情の方が脳裏に刻まれる。

しかし、本作の真骨頂は、そこでもない。
全く計画通りにいかず、いよいよ煮詰まっていく郵便局の中で、突如、映画の舞台を放棄して、およそ6分にも及ぶ、意味不明なヴァンダムの自分語りが始まった時、本作は、映画ではない何かへと変わっていく。


このシーンは本当に意味不明、支離滅裂で、何が言いたいのかさっぱり分からない。
だが、何かが言いたいということだけは分かる!
ヴァンダムが、おそらくはその人生をかけて、必死に何かを伝えようとしている!
ならばこちらも、全力で向き合わねばならないだろう。例え何を言っているのか分からなかったとしても!
そうでなくては、ヴァンダムに対し礼を失する!

まず、ヴァンダムは、こんなことを言っていた。
「俺はやる。理由は明確だ。つまり、あそこで見たことの救済だ。筋は通っている。分かるやつには分かる」

もう最初から分からない!

続けてこんなことも言っている。
「カラテ歴は20年。修行の合言葉“オッス”を言う人間は信用できる。サムライの掟、嘘は通用しない」

日常で言わんだろう、と。

あるいはこうだ。
「多くの妻を持った。愛を信じたからだ。三人の子供を持つ親は、誰が一番かなど決められない」

もはや言い訳だ!

なんだか、ただのオッサンの戯言みたく思えるが、ドラッグの話が出たあたりから、徐々に感情を強めながら、ヴァンダムの語りは続く。

「あるものを試し、罠に落ちた。ヴァンダム、“野獣”。檻の中のトラ…。すんでのところで抜け出せた…、辛かった…。俺は苦しんだ…」

若干、まだ抜け出せてないんじゃないかと思わなくもないが、ヴァンダムの苦悩と後悔が滲み出てくる。

「俺より才能があるのに成功できない人達を見ると辛い。俺が成功できたのは、必死で望んだからだ」

いつしか、ヴァンダムの唇は震え、目には涙がにじんでいる!

「それでも、俺はいつも自問する。俺はこの世で、何か成し遂げただろうか?何も!何一つ!」

そんなことないよ!ヴァンダム!!

「だから俺は心から願う。誰も銃の引き金を引かないことを。殺しは愚かだ。命は素晴らしい」

その通りだよ!ヴァンダム!!

「俺は他人を批判しない。しかし人々は、いともたやすく、俺を批判し、俺を責める。そういうことだ」

ごめんよ!ヴァンダム!!

こうして、画面越しに6分間、ヴァンダムとガッツリ見つめ合った俺は、フィクションとノンフィクションの区別もつかない程度には、どうかしてしまった!
結局何が言いたかったのかは、分からないままだったが、思いは受け取った!
ヴァンダムがこれまで、こんな苦悩を抱えながら、回し蹴りやプリケツを披露していたなんて!

物語は結局、強盗団三人のうち二人が死に、グダグダのうちにヴァンダムも、脅迫の容疑で逮捕されて終わる。
死んだうちの一人は、憎めない性格だった、ヴァンダムファンのマヌケだ。
しんみりしたエンディング曲に乗せて、二人の死体がポツンと映し出される。
これまでの映画では、ダース単位で死体の山を築いてきた男とは思えないくらい、印象的なエンディングだ。

最後の最後に、後日談として、ほんのり救いのあるオチがつくのだが、この時のヴァンダムの、何とも言えない表情は必見だ。

これが、ジャン=クロード・ヴァン・ダムという一人の男が、その波乱の人生の全てを叩き込んだ、魂に刻むべき一本だ。
この作品が、ヴァンダムのキャリアにおいて、大きな転機となったことは、疑いようもない。
この作品の前と後とでは、作風がかなり変わったと感じる。
『その男ヴァン・ダム』以前の作品と以降の作品を、俺は勝手に、ビフォアヴァンダム、アフターヴァンダムと呼んで区別している!
まあ、世間の評価は変わらないようだが。

ちなみに俺は、先の6分間のヴァンダム語りをスマホに録画し、人生に迷ったときなどに繰返し見ているのだが、何度見ても意味が分からず、余計人生に迷うのだった!