゚.+:。菩提樹の下で ゚.+:。 -5ページ目
私には、確信がある。
どんなに大変な目にあっても
絶対に私は不幸にはならない。
周りの人から見たら
それはそれはひどい状況であったとしても
絶対に不幸にはならない。
と言う確信である。
そうだ。
信じている、というような
曖昧なものではなく
「確信」なのだ。
確固たる信念なのだ。
ある時期、私と相方は
ある地方に居た。
そこで私達は、お金のことで
とても苦労した。
預貯金が全くなくなり、
足りない分は人から借りて
なんとか毎日働いて
給料日を首を長くして待ち、
その上さらに、まだ他にも借金があるという
まあ、一般的にはどう見ても
不幸のどん底にいる状況であった。
だが私達は、
必ずこの状況は良くなる。
必ず幸せになる。
と言う信念があったので、
暗く沈み込むことなく、前向きに毎日を
過ごしていたのだ。
周囲の人達は
私達の置かれている境遇を
知っていたのだけれど、
しかし私達が、あまりにも
不幸な様相を呈していなかったので
とても不思議がっていたものだ。
最初は単に不思議がっていた人達も、
ずっと私達がそんな調子であるため、
しまいには、嫉み出したのである。
そして、あからさまに嫌がらせを
仕掛けてくるようになった。
信じていた人達にも裏切られた。
当時、さすがの私もそれには
こたえてしまい、
幾度となく泣いた。
しかし、そんな最中でさえ、
それはその時だけのこと、
その時は不幸に思えることでも、
絶対に私達は幸せになるし、
いずれそんなことをしている人達には
天罰が下ると、
そう確信していたのである。
すると、本当にそうなった。
私達に嫌がらせを仕掛けていた人達は
病気になったり、
会社が潰れたり、
もっと酷いところでは、
亡くなった人もいる。
つまりは、因果の法則である。
善い因を積めば、善い果が。
悪い因を積めば、悪い果が。
物事には、もともと善悪はない、
と前に書いた。
勿論そうであるのだが、
それは人としてではなく
宇宙的概念とでもいう立場からの
ことであり、
人として見た時には
道理というものがある。
その道理に反することをすれば、
それはそのまま、
自分に返ってくるのである。
それが因果である。
そのことを知っていれば
人として道理に反することは
例え1ミリでも、行えるものではない。
その因は果となって
必ず自分に返ってくるのだから。
それ故に、心を中庸に保ち
一喜一憂することなく
常に善い因を積んでいきたい、
そう思っている。
そう思っていると、
知らず知らずのうちに、
行動も伴ってくるものである。
が、まだまだ私は未熟である。
ガタガタに崩れることもしばしばだ。
しかし私は、そのことを知っている。
だから私は、絶対に不幸にはならない。
不幸を選ばない。
幸せを選んでいく。
嘘だと思う人は、
どうぞ試してみるがいい。

舌を火傷した。
いや、ダジャレではない。
スーパーで買ってきた冷凍ラーメンを
家で煮て作ったのだ。
相方が、少しスープにアレンジを加え
かつ、モヤシ炒めの具をのっけて
熱々のところを食べたら
火傷した。
痛い…。
舌がジリジリと痛い…。
だが、お腹はくちくなって
そこはかとなく幸せである。
人間は、ちょっとしたことで幸せを
感じられるものだ。
物事に対する目線を少し変えるだけでいい。
本来、物事には善悪も幸も不幸もない。
あるとしたらそれは、
観察するものがいて初めて
それが善悪であるか、幸不幸であるか
決められるのである。
蓋を開けて確認するまでは
それが存在するのかしないのか
定まっていない、
シュレーディンガーの猫のようでもある。
人間の気持ちによって
善悪、幸不幸が定まるのなら
善い方に定まるに
こしたことはないのである。
起こる事象にひとつひとつ
自分の心が囚われるのではなく
泰然として、全て良い果となるよう
心を持ちたいものである。
故に、火傷した舌は不幸ではない。
これは、美味しいラーメンを食べて
お腹いっぱいになって幸せだという
証である!
だってそうじゃないか?!
舌がジリジリ痛むたびに、
「ああ、これは、あの美味しいラーメンを
食べたからだ。」
と、もう既に過ぎ去った、
過去の思い出になってしまったことでさえ
ありありと現在に蘇らせて
再び、美味しかったなぁ、という
至福の感覚を呼び起こしてしまうのだから。
私がそこに存在を見い出すことによって
それは存在し得るのだ。
そう、だから私は
いつも幸せなのである。
私には、
心からホッと出来る場所がない。
0歳の頃から思っていた
「ここはどこで、私は誰なんだろう」
と言う気持ちが
ずっと今でも続いていて
私が私である確固たる意志を持てる、
そんな場所を探している。
幼稚園くらいの頃
家の近くにあった橋の上から
夕焼け空を眺めていた。
雲がゆっくり動いていくさまを見ながら
私は不意に、望郷の念にかられた。
「還りたい。」
そう思ったのだ。
勿論、家に帰りたいとかではない。
自分の本来いるべき場所、
本当の自分が還るべき場所、
現世的な肉体としての場所ではない
魂の居場所のような処へ
還りたいのだ。
その想いは、もうずっと
胸のうちにある。
むしろ、大人になるにつれて
強くなっているかもしれない。
どこに住んでも、誰と居ても、
それは一時の居場所でしかなく
「ああ、やっぱり家はいいよなぁ。」
と言えるような、
そんな気持ちになれないのだ。
どこか座り心地の悪いような
お尻がもぞもぞするような
ふわふわするような、
そんな毎日の連続である。
特に、以前投稿した不思議話の、
あの別次元(であると私は思っている)の
絶対的幸福感の世界を味わってしまったら
この世のどこに居ても
あの心からの安心感は得られない、
そう思える。
私が還りたがっているのは
あの場所なのか、
それとも、また違う場所なのか、
それは分からないが、
少なくともこの想いはずっと
続いていくことは確かだ。
還りたがっている私が
まだこの世に生かされていると言うことは
私にはまだやるべきことがある
ということであろう。
きっと、生きている間というのは
魂の旅の途上でしかないのだろうな。
それならば、家に還った時に
「良い旅であった」
と、思えるような人生を
歩んで行きたいものである。
最近は、自分に必要な情報が
どんどん届くようになってきているなぁ、
と思うことがしばしばである。
それも、すぐさまである。
つい先日もそうだ。
何気なく、ある動画を見ていた。
そうしたら、その動画を撮っている人が
母親と確執があり、ずっと自分のことを
理解してもらえなかった、
と話していた。
その言葉にびっくりして
私は食い入るように画面を見た。
全神経を集中させながら。
その人は、
「どうして分かって貰えないんだろう」
と、霊能力がある友人に相談したそうだ。
その友人は、
「仕方ないよ。
魂の質が違うんだから。」
と、サラッと言ったらしい。
その人はそれでスッキリしたそうだ。
私もスッキリした!!
いや実は、以前の投稿で書いたように
私も家族の中では異分子的存在であり、
話をしても、何かするにしても
どうしても結局は理解されないまま、
と言うことが殆どだった。
どんなに説明しても
「わかる!」
という共感を得られないのだ。
なので、私にとって家族とは
「分かり合えない人達」
なのである。
同じ思いをしていた人がいた、
と言うことと、ずっと、
なんでだろう?!
と思っていたことに、こうもスパッと
回答を得られたのが、爽快だったのだ。
悩んでも考えても仕方ないのだ。
だって魂の立ち位置が違うだもん。
極端なことを言うと、
家族は犬で、私は鳥、と言うように、
もう全然違うのだ。
だとしたら、理解されなくても
「そうだよね、あなた達は
飛べないもんね。」
と言うことで納得出来るのだ。
悩むだけ無駄なのだ。
それにしても、本当に私だけ
家族ではない気がするのだ。
母親、父親、妹は、
なんやかんや言いながらも
仲良くしているが。
その中に入ると、いつも私は疎外感を
感じてしまう。
魂の質が違うと言うだけではない、
何かがあるような気もする。
まあ、仕方がない。
それもこれも全部、
きっと私が選んで産まれて
きたのだろうから。
少し不思議話が続いてしまうが
書こうと思う。
あれは、
妹が産まれていたので、
多分私が4歳か5歳の頃の話だ。
1歳前後の妹と母と私。
3人で晩御飯を食べていた。
父親は、まだ帰ってきていなかった。
当時住んでいた家は一戸建てであったが
こじんまりとした家で、
狭い台所でご飯を食べていた。
何しろ今から約40年位前の家だ。
それこそ、まだ玄関ドアが
木製だったりした時代である。
今のようにLDKなどのような
広々とした空間ではなく、
勿論、「キッチン」などと言う
オシャレなものでもなんでもない。
ダイニングテーブルを置くと
もう余裕がないくらいの大きさの
昭和の「台所」であった。
私が座っていた場所のすぐ後ろには
まあまあの大きさの水屋が鎮座していた。
水屋、お分りだろうか?
多分私と同年代の方ならご存知だろう。
今で言う、食器棚のことである。
うちの母親と言うのが、
なんでも物を溜め込むくせのある人で
ただでさえ狭い台所であるにもかかわらず
空いている隙間という隙間に
何かしらの物を詰めていた。
ああいう性格は、あの年代の人
特有のものであろうか。
私の母親世代より上に、
そういう人が多い気がする。
モノのない時代だったから
仕方ない気もするが…。
私にはそれが反面教師になったのか、
要らない物はサッサと捨てて、
物を溜めない人になった。
そんな母親であるので、
当然、水屋の中だけではなく、
水屋と天井の隙間の空間にも
何かの箱がたくさん置かれていた。
小さかった私には
私の席のすぐ後ろにある水屋と、
テーブルの間のそのささやかな空間が
なんとなく心地良く
割とその場所が気に入っていた。
そんな感じで、家族3人、
晩御飯を食べていた時のことだ。
ふいに、私の頭がポン、と、
誰かに叩かれた。
叩くと言っても、強くはなく、
軽くポンッと、「よっ!」と
挨拶でもするかのような、
そんな感じで叩かれたのである。
一瞬私は、「おばあちゃん?!」
と思ったのだが、その時祖母は、
私の家に遊びには来ていなかったので、
その考えはすぐに消え去った。
誰かいたように思ったのに
誰もいないのが
とても不思議だったので、
思わず母親に聞いてみた。
「今、誰か私の頭、叩かへんかった?」
母親は、私を見て一瞬とまどい、
眉をひそめながらこう言った。
「何言ってんの?!
誰もおらへんやん。
おかしなこと言わんといて。」
そりゃそうだ。
家族3人でそれぞれの席につき
晩御飯を食べている。
私の席は、左横が壁で、
その後ろが水屋である。
母親は、私の右側に位置する
長方形のテーブルの
短い辺の所に座っている。
妹は私の真向かいにいるが、
まあ妹は、この際全く関係ない。
頭を叩くような人はいず、
ましてや、その方向が壁の方から
叩かれたのだから、
誰もそこに立つことなど、
はじめから無理なのだ。
まるで空間に手だけが現れて
私の頭を叩いたかのようだった。
「どんな感じで叩かれたん?」
母親が聞くので
「こっちの方から、ポンて叩かれた。」
と、壁を指差した。
「変なこと言わんと、はよご飯食べ。」
自分で聞いておきながら動揺したのか、
母親は、あえて何事もなかったかのように
振舞っていた。
変だなぁ、と思いつつ、
ご飯を食べようとした、その時。
私の後ろの水屋から、上に乗せていた物が
ドサドサドサッ!!
と、落ちてきたのだ。
いっぱい物がのっていたので、
凄い音がした。
紙一重で、私の上には落ちてこなかったが、
狭い空間ゆえ、もう少し私が
椅子を後ろにずらして座っていたら
確実に私の頭に直撃していただろう。
母親も私も、しばし呆然として、
その場に固まってしまった。
と、母親がハッとした様子で、
「大丈夫か?
頭に当たってないか?」
と尋ねてきた。
私は全然平気だったので、
うん、と答えながら、
ご飯の続きを食べたのだった。
その後、母親がその物を片付けたのか
どうなのか、記憶が飛んでいる。
あの手は、物が落ちてくるから
気をつけなさいよ、と、
私に教えてくれたんだと、思っている。
幼少時代の私には、
不思議なことがあるのは
当たり前のことであった。
ただでさえ、世界は不思議に満ちて
私の好奇心をくすぐることに
事欠かなかったうえに、
毎日、全てのことがそうなので
少し位特別なことが起こったとしても
それが周りの人にとっては
「とても不思議なこと」なのだとは、
思いもよらなかったのだ。
前投稿の「光輝く階段」で、
その光景を目の当たりにした時、
私は少し驚いた、と書いた。
そう、「少し驚いた」だけなのだ。
私には、毎日の延長上に
少しだけ変わったことが起こった、
そのレベルであったから。
今の私からすると、
それはとんでもなく変なことなのだが。
子供の頃というのは、そういう世界と、
割と近い処にいるものなのかもしれない。
魂がこの世に来て、まだ日が浅いせいも
あるのだろうかと思うのだ。
まあ私は、そのまま大人になっても
続いているのだが。
それは、私が母親のお腹の中で
死にかけたということがあるからではないかと
自分では思っている。
ここではない世界との絆は、
本来、誕生した時から死ぬまでの間、
切れているものなのだと思う。
いや、もしかしたら、
切れきってはいないのかもしれないが
それはきっと、強い絆ではないだろう。
しかし私は、死にかけたということで、
その絆が再び繋がれて強化され、
結果、この世に出てきてからも切れることなく
強い結びつきのままなのではないだろうか。
などと理由づけているが、
結局のところは、定かではない。
今でもずっと謎なのだが、
再び、あの、言葉では表せないほどの
慈愛と光と幸福感だけの世界を
体験したことがある。
それは、私が娘を妊娠していた頃のことだ。
子供を胎内に宿すということは、
自分以外の魂を宿すということだ。
私という肉体の中に
もう一つの肉体が、存在している。
私の魂と、娘の魂が、存在している。
一つでありながら、一つではない。
異質でありながら、異質ではない。
私の遺伝子と肉から成るものである。
それはつまり、
同じモノを共有出来る、ということでは
ないだろうか。
私が見、聞くことは娘にも。
そしてまた、娘が感じることは私にも。
私が体験したあの空間は、
娘が私の胎内にいた故かもしれないからだ。
妊娠中、しんどくて昼寝をしていた私は
身体は寝ているのだが、
魂は覚醒しているという状態になった。
その頃、そういう状態には
しょっちゅうなっていた。
なので、「ああ、またか」と、
あまり気にせず、そのままでいた。
と、次の瞬間、何やら
ゴゴゴゴゴゴ…というような、
今迄聞いたこともない地響きのようなものが
耳のすぐ近くで聞こえた。
なんだ?と思う間もなく、
私は、バリバリバリ!という音とともに
上半身だけ起き上がっていた。
いや、正しくは、身体は寝ているままだった。
幽体離脱しかけている。
咄嗟にそう思った。
上半身だけ起き上がると、
ちょうど窓から外が見えた。
その時、気づいたのだ。
辺りが、あの3歳の頃のように
筆舌しがたいほどの光で輝き煌めく空間に
変わっている。
絶対的な慈愛と安心感と幸福感が満ちている。
いや、そこにはそれしかないのだ。
そして、音という音は、存在しなかった。
なんと素晴らしい世界!
涙がこぼれそうになり、魂は震え、
心は、はちきれんばかりの喜びに溢れていた。
空間と私は、一体になっていた。
空間が私を優しく包み込み
迎え入れてくれているのが分かった。
「このままずっと、ここにいたい!!」
そう思ったすぐ後に、
「いや、そうしたら、私の中にいるこの子は
どうなるのだろう。」
という考えが私の中に湧き上がった。
その瞬間、私は自分の身体の中に戻っていた。
なんとも言えない気持ちであった。
またあの空間に遭遇できたことは
無上の喜びであったが、
こうして身体の中に入ってしまった途端に
重力の、肉体の重みに圧倒されて、
身体も心も、押しつぶされそうであった。
あんなにも軽やかな世界であったのに…。
辺りは輝きを失い、いつもの風景である。
言い表せない哀しみが襲ってきた。
どうして身体から全部抜けて
あの空間に行ってしまわなかったのだろうと、
とても悔しかったのだ。
しかし、それで良かったのだ。
何故なら、娘が私の中にいたのだから。
あれは、娘の魂が見せた光景なんだと
思えるのだ。
娘の魂が、まだあの世界と繋がっていて
私の魂が共鳴したのかもしれない。
いや、もしかしたら…
あの時、あの瞬間に、娘の魂が私を見つけて
肉体に降りてきたのかもしれないではないか?!
真実はどうなのか分からないが、
今、娘がこの世にいること、
それは紛れもなく奇跡であり現実である。
それこそが、私にとっては最大の
不思議と言えるだろう…。
超弦理論とM理論によると
宇宙をなす空間は、
11次元の超空間の中で存在する、
と言われているらしい。
詳しいことは門外漢なので分からないが、
この世が4次元で終わるものではない
と言うことは確かであるようだ。
仏教にも、十界と言う教えがあるが、
それを思うと、いよいよ科学も
仏教に追いついてきたんだな、
と感慨深いものがある。
まあ、それについては、
ここではこれ以上言及しないが。
さて、何故突然そんなことを
言い出すのか、と、思われるだろう。
それは、私がもしかしたら、
そのいずれかの次元を
体験しているかもしれないからだ。
私は、小さな頃から度々
不思議な体験をしている。
それはもう、何度もだ。
そのことは、家族も知っていて、
それ故、やや気味悪がられているのも
私自身分かっている。
そういうことも加味されて
異分子的に扱われているということも、
あるのだ。
そして、その体験を通じて思うことは、
この世には、この世に重なって、
違うモノが存在する、
と言うことである。
普段は、何も見えないし、感じないので、
そんな荒唐無稽なことを、
と思うだろう。
まあ、それが一般的ではある。
目に見えないものは信じ難いものだ。
感じることも、見ることも
非常に感覚的で、かつ、
主観的なことなので、
他人にどう説明したところで、
それは所詮
「ふーん、そうなのね」
で、終わる話だ。
だいたい、モノを見る、
と言うこと一つについても、
人が自分と同じモノを見ているか?
と言われると、
本当のところは誰にも
分からないではないか。
それは、証明のしようがないことだ。
もしも魂が入れ替わって
そのモノを見たら、
自分が見ていたモノとは、
違うモノが、そこには
映し出されるかもしれないのだから。
そう言えば、
何かのアニメで、そんな風なセリフを
以前聞いたなぁ…。
まあ、つまりはだ。
人は、
実際に自分がその人と
同じ目に合わない限り
本当の意味で理解することなど
出来はしない、
と言うことなのだ。
なので、私が実際に体験してきた
不可思議な現象の数々も
他の人からみれば、
「ふーん」
で終わる話なのかもしれない。
が、私にはそれが真実なのである。
3歳頃のことだ。
私は2階の部屋で遊んでいた。
ふと、何を思ったか、
1階に行きたくなった。
階段の所迄来て、少し驚いた。
階段が、普段の階段とは違っていたのだ。
そこに存在するのは同じである。
家の構造も、何ら変わってはいない。
ただ、階段とその周り中、
とてつもなく光輝いていたのだ。
晴れた日の光などのレベルではない。
キラキラと、視界が白くなるほどに、
しかし、眩しくて目が開けられない、
と言うのではなく、
ちゃんとクリアに周囲が見えるのだ。
いや、寧ろ、普段よりも
クリアに見えていた。
そしてその光の中にいると、
溢れんばかりの歓喜と安心感と幸福が
押し寄せてくるのだ。
その空間に音はなく、
ただ、泣きたくなるほどの
その無上の喜びの中
私は光輝く階段の先に、
妖精のようでもあり、天使のようでもある
童女が浮いているのを、見た。
その童女もまた、光輝いていた。
その時は、妖精や天使など
知るはずもなく、
後から思い返せば
そのような姿であった、と言うことだ。
その童女は、声ではなく、
直接私の頭の中に語りかけてきた。
「おいで。とんでおいで。」
跳ぶ?!飛ぶ?!
とんでもない!
私は普通の人間だ。
そんなこと出来る訳がない!
思わず脚元を見つめた。
3歳の私には、
階段の下は、はるかかなた下に見える。
私が怖がって躊躇っていると、
また、その声が語りかけた。
「大丈夫。出来るから。」
本当に?!
私に出来るの?!
私はおっかなびっくり、
その童女を見つめた。
童女は、ただ黙って
とても優しい微笑みを私に向けていた。
その顔を眺めていると、
なんだか私にも、出来るような
そんな気がしてきたのだ。
そして私は、跳んだ。
するとどうだろう!
私はまるで、無重力空間の中にいるように
ゆっくりと大きく
ジャンプするような感じで
階段を下っていくではないか!!
イメージとしては、
月空間をジャンプする宇宙飛行士のような
あんな感じだ。
私はとても楽しくて仕方なく、
ずっとこれが続けばいいのに!
と思いながら、1階迄行った。
1階について、
階段の先の壁に手をついた途端
今迄の光が消えて、
辺りはいつもの家に戻っていた。
童女も当然、消えていた。
あれは、何だったのだろうかと、
今でも不思議な現象である。
その後、二度と階段は光らず、
童女に会うこともなかった。
超弦理論によると、
重力は、高次元と行き来出来るらしい。
私は、高次元を垣間見たのだろうか?!
それとも…。
私は一度、死にかけている。
母親のお腹の中に
いた時の話だ。
当然私は覚えてないが。
切迫流産しかけたとか
聞いたことがある。
母親はそのまま一カ月間、
寝たきりで安静にさせられたらしい。
その話を聞いて、
ふと、思ったのだ。
私は本当に私だろうか?
と。
つまり、もしかしたらその時、
母親にとっての娘、
「私」になるはずの誰かの魂が抜けて
その代わりに、今の「私」の魂が
宿ったのではないか、と。
私には妹がいるが
大人になってからのある時、
こんなことを言われた。
「お姉ちゃんは、お父さん、お母さん、
私とは、ちょっと違うよな。
ずっと思っててんけど。」
そうなのだ。
私は自覚していた。
家族にとって、私は異分子だと。
いや、だからと言って、
非行に走ったり、悪いことをしてきた、
と言うのではない。
寧ろ、自分で言うのも何だが、
私は結構、優等生として過ごしてきた。
長女として産まれ
言葉も文字も早くに覚え、
妹が産まれてからは
妹の世話もちゃんとみた。
親の言うことにはあまり逆らわず、
大人の目から見たら、かなり、
いい子ちゃんでいたのだ。
親の言うことをちゃんときいていた、
と言えばそうなるかもしれないが、
しかし、それ以前に私は、
私の心の声に従って生きてきた、
と言うのが、正しい。
それが側から見れば、
親の言うことを良くきくいい子、
に見えたと言うだけの話だ。
少し歩けるようになった1歳半の頃のことだ。
覚束ない足取りで、
私は当時お気に入りのお人形と
その子を乗せるための
オモチャのベビーカーを持ち出し、
家の庭で遊んでいた。
遊んでいるうちに、
私は、お人形と一緒に
そのベビーカーに乗りたくなった。
そこでまず、ベビーカーから
お人形を取り出して地面に置き
自分が乗ってから、
そのお人形を地面から取って、
一緒に乗ろうと思った。
ふらふらと、こけないように
なんとかベビーカーに乗り
(今から思えば、よくオモチャの
ベビーカーに乗れたものだ!)、
さて次に、地面に寝っ転がっている
お人形を取ろうと、
ベビーカーから身を乗り出し
手を伸ばした。
ところがだ。
私の目論見が甘かったのか、
当時の私では、
あと少しと言うところで、
地面に寝っ転がっている
そのお人形に、
手が届かないのだ!
しかし、私は諦められない。
どうしても、このお人形と一緒に
ベビーカーに乗りたい!!
この子と一緒じゃなきゃ
イヤなのだ。
なんとか届かないかと、
ベビーカーから自分が落ちてしまわないよう
身を乗り出して手を伸ばしていた時、
ふと、目に入った。
女の人の姿が。
その女の人は、実は私が気づかないうちに
私の側に来ていたのだ。
これ幸いと、私はその女の人に訴えた。
「このお人形を取って!
この子と一緒にベビーカーに乗りたい。
だから取って、私に渡して!」
必死になって私は訴えた。
しかし、その女の人は、
少し離れた所から私を見て
微笑んでいるだけだ。
私は諦められずに訴え続けた。
身振り手振りも加えながら、
必死になって。
女の人はそんな私を見て、
微笑みながら、写真を撮った。
その時の私は、
頭を思いっきり殴打された位の
衝撃を味わった。
何故?!
何故分からないんだ?!
しかも、この女の人は、
私がこんなに必死になって言ってるのに、
笑っているだけで、少しも助けてくれない!!
私を見て笑いながら、
何かしているだけだ!!
仕方なく私は、
その女の人に訴えることを諦め
自分でなんとか頑張って、
無事にお人形を地面から取ることに
成功した。
ホッとしながら、
満足感でいっぱいになった。
だが、その女の人に対する疑惑が
私の心に生まれた。
まあ、当然と言えば当然ではある。
当時の私の口から出た言葉は
言葉になってなかったのだから。
実はその時、それも、もどかしかったのだ。
ちゃんと言葉にならない口、
届かない手、ふらふらする足。
全てが自分が思っているのと違う自分。
なんと腹立たしいことか!!
そこへもってきて、
その女の人の所行である。
しかし、まあ、いい。
結局、お人形は取れたのだから。
疑惑の芽が出た女の人、
それは、私の母親である。
いつも私の側にいる女の人が
「母親」である、ということが
認識出来るのは、
もっと後のことになるのだが。
そんなことが、何回かあった。
その度に私は、
その女の人に頼ることを諦めさせられ
挫折感を味わいながら、
結局は、
なんでも自分でやらなければいけない、
と言うことを学んでいった。
その、女の人に対する挫折感と距離感が
何回も積み重ねられたことにより、
私にとって「家族」と言うものは、
何か自分とは程遠いもの、
自分とは違うもの、
と、思われるようになっていった
一因であると言えるだろう。
私が思っていた距離感と異分子感を
実は私以外の家族も
私に感じていたんだなと、
その時思ったのだった。
いや、それ以前から薄々気づいてはいたが、
妹に言われたことによって、
改めて目を向けさせられたのである。
私は、本当に「私」なのだろうか。
妹の本当の姉は、
父親、母親の本当の娘は、
本当に私なのだろうか。
未だに、よく分からないままだ。
タイトル通り、魂には
大人も子供もいないのだ。
何故かと言うと
自分が身をもって経験しているからだ。
前投稿のように
私の記憶は
ここはどこで、私は誰だ?
と言うところから出発している。
その時の私は、
今ではすっかり大人の私の目から見ても
決して、いわゆる「子供」ではなかった。
魂にとっては、
この世に産まれて
この世に存在している
その期間が長いか短いか
ただそれだけの違いであり、
そこに大人も子供もないのだ。
この世に産まれて来た時
魂は、真っさらな状態にあると言える。
私も何も覚えていなかった。
稀に、前世での記憶を
覚えている人もいるが、
それは希有な存在であると言えよう。
一度ならず、もしかしたら何度も
経験しているかもしれないこの世について
真っさらな状態にされているのは
心もとないことだ。
しかし、だからこそ、
改めてこの世を生きることが出来る。
ふと、懐かしい気持ちや
親しみなどの感情が湧き上がったとしたら
それは前世での記憶かもしれない。
それ故、赤ん坊だった頃の私は
「子供」目線でこの世を見ていたのではなく
今と同じような魂でもって
この世を見ていたのである。
だからと言って、
魂に成長がないわけではない。
古い魂、新しい魂、
と言われるのがそれだ。
前世の記憶と言うものを
私は覚えてはいない。
しかし、前世がある、
と言うことは信じている。
転生を何度も繰り返し
魂は成長していく。
回数を重ねた魂が古い魂となり
より成長しているのである。
記憶にはなくとも
なぜかスッと心に入ることや
今迄やったこともないことが出来たり
知らないはずのことを知っていたり
それらは、
前世で魂が経験したことかもしれない。
幼少時代の私の癇癪は
そう言うところからきていたのでは
と、今思うのである。
当時、出来ないことへの苛立ち
思うように動けないことの不自由さは、
何故だ、と言う疑問でしかなかったからだ。
何故私はここにいる
何故私は寝ている
何故私は話せない
こんなにも溢れる想いがあるのに!
自己発現されないそれらは
癇癪として私を動かしていた。
そのかわり、
何にも出来ない、話せない私には
この世は面白くて、楽しい世界でもあった。
何も話せないからこそ
何も出来ないからこそ
光り輝くものがある。
魂は、何度も転生を重ね
新たな発見をしながら
成長していくのであろう。
そこには、
「大人」「子供」
などの概念はなく、
等しく平等な世界しかない。
この世に存在する「大人」達よ
心するがいい。
あなた達の周りにいる「子供」は
本当の意味で「子供」などでは
ないのだから。
赤ん坊の私は
思っていることが言葉にならない。
行きたい方向に行けない、歩けない。
すぐに眠くなり、思考が妨げられる。
何も分からない、分からない、分からない。
記憶はとびとびに残っている。
やがて、おぼつかない足取りながらも
歩けるようになる。
そうすると、俄然周りのものに
興味が湧く。
何にせよ、とにかく好奇心の塊ではあった。
見るもの全てが珍しく
何なのかが知りたくなる。
対象物を掴もうとするが、
自分の指が、なかなか言うことをきかない。
思うように動けない、身体を扱えない
その苛立ちが、時に癇癪を起こす。
そう言えば私は、よく癇癪を起こす
子供だったらしい。
困った両親は、鍼灸院に私を連れて行き
鍼を打ってもらったらしいが
それがまた、頭に鍼を打たれたそうだ。
頭に何本もささった鍼は
私の母親を不安にさせるのに充分な
効果があった。
かくいう私は、気持ち良かったらしいのだが。
鍼の効果はさておき
自分の思うようにならないもどかしさは
今思えば、常に私の心の奥底にあったのだろう。
そしてそれは、私の両親に対しても
そうであったのだ。

