3歳半でハノイに来た息子。
調度この時はハノイでサッカーアジアカップが行われていた最中。
しかもしかも日本代表選手達がシェラトンホテルに泊まっていて、
ハノイ在住奥様達は毎日のようにシェラトンホテルへ行き選手からサインをゲットしていた![]()
当時ハノイのこじんまりしたインターは3,4つぐらいしかなかった。
とりわけ一番人気だと聞いた学校が、イギリス系で同じ国籍の生徒数を制限している、
更に白人ネイティブが多いということだった。
だめもとでまずそちらの学校へ行ってみると、調度日本人の枠が1人空くといわれ
その場で入学を決定![]()
でも実はこの学校は息子には合わなかった。
学校は親の趣味で決めたりせず、子供にあった所を面倒でも探すべきだったと反省![]()
まずこの学校薄暗かった。
ちょっとかび臭く、息子は直感的に「学校嫌い」と感じ取ってしまった。
先生も新しい先生でしかもテンションが低かった。
声も低いから歌をみんなで歌っていても
へ長調な感じでくら~~い![]()
1年も日本のインターに行っていたのだから、
英語も大丈夫だしお友達もすぐ出来るだろう
なんて思っていたが、
息子君いつまでもタオルを噛み締めるだけで英語を話さなかったらしい。
髪の色や瞳の色が違う子供たち。
息子には恐怖の何者でもなかった様子。
英語の前に、この状況に圧倒されてしまった様子。
そうですよね~~先生が外国の方というのに慣れていても、
日本のインターでのクラスメイトはいつも日本人の英語をしゃべる子達![]()
そして暗い雰囲気の教室&友達無しな息子は
学校へ行くのを嫌がる。(9ヶ月もその状態が続く)
息子は一向に英語を話さないし、楽しくなさそうだけど
せっかく良い学校に入れたのだから転校させたらもったいないし~~と悩む日々。
でも結局パパが、「時は金なり。だめなものはだめだから学校変えよう!」と言ってくれました。
そして今回は納得がいくまで学校見学をし、
先生も学校の雰囲気も明るい所に転校![]()
それは息子にとって大きな転機となりました![]()
先生が明るくて、声も明るくて、大人しい息子にも絶えず声をかけてくれる。
息子が心を開きだし、英語を喋り出したのがこの頃。
息子君、黙っていたからと言って英語をマスターしてなかった訳ではないのですよね。
じ==と聞いていたんですよね~~
そう、10ヶ月もの間ひたすらインプットしてたんですね。(長い
)
英語をしゃべらない息子に「何でしゃべらないの~~」と問い詰めたこともありました。
今考えると、やっぱり英語を話す環境を整えるってとても大事ですよね![]()
特に小さいうちは、自分から話したいと思う環境でないと、
話したりしないんですよね~~
転校して息子が初めて私に英語での表現を聞いてきました。
「お友達がおもちゃを貸してくれないときは英語で何ていうの?」と聞いてきました。
次に聞いてきたのが
「トイレ行ってもいい?って英語で何ていうの?」と。
(それまではきっと黙ってトイレに駆け込んでいた様子)
今振り返ると、これが息子が自分から発したいと思った最初の英語です![]()
その後大きな学校へと転校。
幼稚園年中にあたる時期からPCの授業開始。
英語の書くも始まった。
フォニックスは徹底的に行われていた(2年間)
学校では英語の読み聞かせが毎日長い時間行われていた。
英語以外の習い事は、
テニス(引越しするまでの2年半)
バイオリンレッスン(4歳~6歳)
チェスレッスン(6歳・1年間)
水泳(夏季)
ふう~~
ようやく英語と英才教育記録終了~~
今までお付き合い頂きありがとうございました~~![]()
息子の読書記録。
Magic Tree House 13 チャプター7(5分)
SWAP- Sydney 15分/20ページ
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