季節はめぐる__。
うららかな春の後には
美しく輝く夏を迎え
物憂げな秋を過ごして
冴え氷る月の冬を越す。
そして。
また新たに生まれる幼い春がやってくる__。
それでも。
季節がいくど巡ろうとも、アンソニーといたあの「時」だけは戻ってはこない___。
永遠にアンソニーの時間は止まったままだ。
あの森で振り返り、微笑んだまま__。
レイクウッドの透明な光。森の匂い。湖のきらめき。そして、ばらの香り__。
あの時と同じ__薔薇の季節。
「ね、アルバートさん、私、アンソニーの薔薇を見たい・・・。」
言い出したのは、キャンディだった。
レイクウッドにあるアードレー家の別荘で、「ウィリアム大おじさま」の正体がアルバートであると知ったキャンディは一緒にお茶を飲み、幸せな時間を過ごしていた。
だからこそよけいに胸に迫る思いなのか、キャンディは、何かを考えるように少し黙ってから、アルバートにその言葉をそっと告げたのだった。
するとキャンディの深い緑の瞳に、ひっそりと潜んでいる何かに気づいたアルバートも、その瞳をしばらく見つめた後、それに応えるように何も言わず、うなづいた。
レイクウッドにあるアードレ一家一族の所有する土地は、敷地面積8000エーカーを越える。
その広大な敷地の中で、アンソニーのローズガーデンが、ラガン家にも比較的近いところにあったのは、何よりの幸運だったと今のキャンディにはよくわかる。
もし、このアンソニーの薔薇の門とそれに続くローズガーデンが、ラガン家から遠いところにあったら、あの頃のキャンディは、朝もやの中を駆けて、ローズガーデンにいるアンソニーに会いに行くことはできなかったから。
そして今。
ふたりがやってきたアンソニーの薔薇の門は、風に舞う花びらとむせかえるような甘い薫りに包まれていた。
「アンソニーが待っていてくれるような気がして・・・ずっと来たくて・・・でも来る勇気がなかった・・・。」
キャンディは、目の前に広がる満開の薔薇を見つめながら、ひとり言をささやくように呟いた。
妖精が頬を染めたようなやさしいピンク色の薔薇、真っ白な雪のように清らかな白薔薇、情熱の深紅の薔薇など色とりどりに咲き誇っている。
それらの薔薇が、キャンディにアンソニーの記憶をよみがえらせる。
淡く儚げな、優しすぎるアンソニーの微笑み。
___花は散って、より美しく咲き、人は死んで人の心により美しくよみがえる。
アンソニーの言葉が胸の奥から浮かび上がってくる。
__キャンディ、僕がいなくなっても、今までどおり笑顔で生きてほしい。
アンソニー、でもそれはとてもむずかしいわ。
わたし、あなたがとっても好きだったんですもの・・・・・
__ぼくもだよ。
アンソニーの幻とそんな会話をしたあの日から、キャンディは、ひとときも彼のことを忘れたことなどなかった。
「私のせい・・・私のせいでアンソニーは亡くなった・・・」
私が養女としてお披露目されるために催されたきつね狩り。
あのきつね狩りさえなければ、アンソニーは、あんなに若くして亡くなることはなかったのに。
ずっと___。
ずっと、キャンディは、誰にも言わず、ただ胸の中でそう自分を責め続け
てきた。
「そんな風に思わないで、ベイビー。」
きっと、アンソニーは、そう言ってくれる。
でも私がアンソニーの前に現れなかったら、彼は死なずにすんだのだ。そう思わずにいられない。
「ごめんなさい、アンソニー。私のせいで・・・」
ふいに泣き出したキャンディをアルバートはそっと抱き寄せた。
「・・・君を養女にしたのは僕だ・・・きつね狩りも僕が指示した。君が自分を責めることはない。」
キャンディのすぐ隣で薔薇を見つめていたウィリアム・アルバート・アードレーがキャンディに、断罪を受け入れた罪人のように呟いた。
アルバートには、キャンディの気持ちが痛いほど理解できた。
キャンディの思っていることを、アルバートもまた思い続けてきたのだから。
「責任は、すべて僕にある。僕が一生背負って行くべき十字架なんだ。君じゃない。」
その言葉の重さにキャンディは、思わず、涙に濡れた顔をあげてアルバートを見た。
そうだわ。
アルバートさんが大おじさまならば、自分と同じようにアンソニーの死を自分の責任だと責め続け、苦しんできたことがキャンディにはわかる。
こんなにすぐ近くに、同じ苦しみを抱き続けてきた人がいたなんて___。
キャンディは、アンソニーの死がアルバートのせいだとは決して思わない。
だとしたら、それは___。
曲がり角で待ち構えていることなど、誰にも予想できない、と言うこと。
アンソニーの死は、誰のせいでもない・・・。
キャンディは、よみがえったような気持ちになった。
すると、キャンディを抱き寄せるアルバートも彼女の心が伝わったように、穏やかな瞳でキャンディを見下ろすと静かに微笑んだ。
人は誰でも、曲がり角で待ち構えていることなど、わからない___。
わからないからこそ。
その日1日を、
その一瞬を、
大切に、懸命に、生きていくだけなのだ。
「その先に何が待ち構えているとしても、どんな苦難も乗り越えて行くしかないんだよ、キャンディ。」
キャンディは、アンソニーの声が聞こえたような気がした。
「そうやって、時の流れは、未来永劫続いて行くのだから。どんな時も前を向いて、僕のベイビー。」
アンソニー、ありがとう・・・。
あなたに出会えて幸せだったわ。
これから出会う人々、哀しいこと、嬉しいこと、すべての思い出を糧として、私は私らしく生きていくわ。
アンソニー・・・そっと見守っていてね。
キャンディは、心の中で呟くとまだ涙の残る瞳でアルバートににっこりと笑いかけた。
「アルバートさん、アーチーの石の門にもステアの水の門にも行かなくちゃ!」
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