「『みなさん、僕がウィリアム・アルバート・アードレーです。』って、あのキメ台詞と突然の登場の仕方、ものすごくカッコよかったですよ、アルバートさん。」
アーチーが、ニールとキャンディの婚約パーティーにいきなり現れたアルバートの登場シーンを少し皮肉っぽく真似してみせると
「キメ台詞って・・・いや、かなわないな・・・。」
とアルバートは苦笑いした。
「本当にそうよね。すっごくかっこよかったわ。」
すでにアルバートが大おじさまであることを知っていたキャンディは、屈託なくその時のシーンを思い出して嬉しそうにアルバートを見つめている。
しかし、そんなキャンディのそばで、隠しきれない不満の色が浮かんでいるのは、アーチー、アニー、パティの3人。
自分たちのよく知っているアルバートさんが、アードレー家の大総長で、キャンディを養女に迎えてくれた『大おじさま』だった!
それを知った嬉しい気持ちの中に、どうしても「なぜそれを教えてくれなかったのか」と拗ねたくなる気持ちを3人はもて余しているのだった。
潰された婚約パーティーの後、みんなで集まった「ポニーの家」のティータイムは、賑やかな笑い声に包まれていた。
持ち寄ったスイーツとアニーがお茶をいれる平和な昼下がり。
「若くてカッコいい『ウィリアム大おじさま』が、あの場の話題を全て持っていっちゃって、お陰でニールの婚約なんて記憶の彼方に吹っ飛んじゃいましたからね。キャンディにとっては良かった、とは思うんですけど・・・。」
アーチーが恨めしそうにアルバートを見る。
「でも、ですね。僕は怒っていますよ。ずっと僕たちにウィリアム大おじさまだってことを隠していたこと。こんなに近くにいたのに、ひどいとおもいませんか?」
ロンドンの動物園でも会ったし、シカゴでピクニックだってした仲だ。
友人のように思っていた人が、実は我が一族を束ねる大総長だったと知らなかったなんて、ひどい話だ。
「本当にそうだわ、アルバートさん、どうして教えてくださらなかったんですか?」
いつもは穏やかなアニーも今日だけはアーチーを止めないばかりか、アルバートの返答を待っている。
おまけにパティも、口にこそ出さなかったが、アーチーやアニーと同じ気持ちでいるのは間違いないようだ。
「本当にすまなかった。色々事情があってね。君たちにこんな大切なことを隠しておくのは心苦しかったよ。」
アルバートが心からすまなさそうに謝る姿を見て、ポニー先生が微笑みながらゆっくりと口を開いた。
「きっと、『ウィリアム大おじさま』がご自分の気持ちに反して、アードレー家のために判断されたことだと思うんですよ。本当はキャンディやみなさんに、誰よりも真実を伝えたかった、と思いませんか?」
ポニー先生の言葉が改めて3人の胸の中に沈んでいく。
それは3人だって知っているし、わかってはいるのだ。
アルバートがずっと背負い、抱えてきた大きなものに。自分の意思に反して色んなことを我慢して行動し、すべてアードレー家のために動かざるをえない運命を背負っているのだ、と。
それでも、嫌みのひとつでも言いたくなるのは、アルバートのことを好きだからこそ、アルバートの近い位置にいる友人でいたかった、自分たちは、アルバートにとって『近い友人』ではなかったのか?そんな気持ちになるからなのだ。
しかし、穏やかなポニー先生の言葉を聞いて、自分の身分をあかせないアルバートの気持ちに寄り添うことこそが、近い友人のあかしだと気づいた3人だった。
「アルバートさんがウィリアム大おじさまなんて、キャンディ、この上なく幸せね!」
パティが話の流れを変える。
「確かに、よく考えれば、アルバートさんがウィリアム大おじさまというのは、最高ですよね。これでニールのヤツをガツンとやり込めることができる。」
アーチーが自分の右の拳で左の手のひらを打つ真似をするとアニーが口元に微笑みを浮かべながらもアーチーを優しくにらんだ。
「でも、そのラガン家のご子息は、キャンディのことを愛していたんでしょう?彼はキャンディの夫となって、みなさんとこうやって賑やかに楽しく過ごしたいと思われていたのではないですか?」
レイン先生がニールの気持ちが置いてきぼりなのに気づいてそんな気のいいことを言う。
「レイン先生、それはないわ。きっとニールは思い通りにならない私の存在が許せなくて、ぎゃふんと言わせたかっただけだと思うの。」
キャンディはポニー先生やレイン先生に、ラガン家であったこと、されたこと苦しかったこと、辛かったことはほとんど話していない。手紙にも書いてない。
楽しいこと、笑ったこと、嬉しかったことばかりが並ぶ手紙の中に、ポニー先生もレイン先生もキャンディの苦労や彼女が口にしない感情があったことを感じていた。
それでも、ふたりの先生は『キャンディみたいに素敵な女の子なら、ラガン家のご子息だって心から好きになるに違いない』と思っているのだった。
するとキャンディの言葉を聞いたアーチーが、
「想像すると反吐が出そうなくらい不快だけど。」
と前置きをして、
「ニールは、キャンディのことを本気で愛していたと僕は思う。だってヤツは、婚約パーティーの前に、取り巻きの友人たちに長年の知り合いの女性と結婚するんだとやたらと自慢しまくっていたらしいんだ。」
アーチーは思い出すのも嫌だとでも言うように吐き捨てた。
『冗談じゃない、あんなヤツにキャンディを渡せるか!』
アーチーの本音が漏れてくるようで、テーブルに集まった人たちは苦笑した。
アニーですら、そのアーチーの剣幕にはもう慣れているのか、優しく微笑んでいる。
「私もニールはいつのまにかキャンディのことを好きになったんだ思うわ。」
パティもアーチーの意見に賛成のようだ。
それを聞いたレイン先生は、満足げににっこり微笑み、
「キャンディ、それなら今度はニールさんもお茶にお誘いしたらどう?」
と提案した。
さすがに、そのレイン先生の言葉に、その場にいた全員が凍りつく。
「パティ、君が持ってきてくれたこの『ガゼボのクッキー』すごく美味しいよ。今流行ってるんだって?」
「さすが、アーチー、気づいてくれたのね。」
パティが目を輝かせた。
「朝1番で買いにいったの。でもね、もう人が並んでいて・・・・・。」
そして話題は、シカゴの流行っているスイーツ店へと移る。誰かが言い出すとその話題になり、また誰かが自分の話したい話題を出す。
いつものことだ。
するとそんなみんなの様子をみていたアルバートが、キャンディだけにわかるようにこっそりと目で合図を送った。
「キャンディ、ちょっといいかい?ふたりきりでポニーの丘に行こう。」
そんな合図。
キャンディは、小さくうなづくと先に立ったアルバートの後ろから黙ってついていく。
誰もふたりが席を立ったことに気づかない。それほどふたりは自然だった。
アルバートは、黙ったままポニーの丘を登り、1番高いところまでやってくると後ろから登ってきたキャンディを振り返った。
その生まれたての朝の空のように澄んだ青い瞳で。
「キャンディ・・・そろそろ、バッジを返してくれないか・・・。」
まっすぐにキャンディを見つめながら、アルバートが少しだけぎこちない微笑みを浮かべた。
その微笑みは。
この声は__。
あの時の少年。
あの日微笑んでいた丘の上の王子さま。
とたん、キャンディは涙がとまらなくなってしまった。
時間があの日に逆流する__。
丘の上で泣いていた小さな女の子。
目の前で微笑んでいた丘の上の王子さま。
「・・・わたし・・・笑ったほうがかわいいんでしょう?」
すると。
「今は、泣いていてもかわいいよ、おチビちゃん。」
目の前の『丘の上の王子さま』は、少しかすれた声で優しく言った__。
その夜__。
なんだか今夜はとうてい眠れそうにないわ。キャンディはまだ夢を見ているようだった。
アルバートさんが、ウィリアム大おじさまで。
ウィリアム大おじさまが、丘の上の王子さまだったなんて!
キャンディは、まだ驚きと感動で震えている。
そうだわ、今晩は眠らずに想い出に浸ろう。
そう決心してキャンディは、丘の上の王子さまの言葉を大切そうに思い出した。
最初に会った時は、『どうしたの?おチビさん』って言ったわ。
私が「あなた誰?妖精?それとも宇宙人?」
って言うと丘の上の王子さまはにっこり微笑んで・・・。
『おもしろいこというおチビさんだね。僕はちゃんとした人間だよ。』
って言って・・・。それから・・・。
しかし、そんなキャンディは、30分もしないうちに夢の国に旅立ったのだった。
寝顔の口元に微笑みを残しながら。
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