「5年振りか…」



今でも昨日の事のようにあの日の事を思い出せるのに、それほどまでに時間は過ぎたのだという。



盛りを過ぎた夏の陽射しに一抹の淋しさを覚えながら僕は空を見上げた。











何とも意味ありげに書き出したが、これはこの前免許更新に行った時の話である。



財布を整理している時、なんの気無しに免許証を見たら「平成34年8月30日まで有効」と書いてあった。



平成34年って令和何年だっけと思って調べたところ、どうやらこの免許証の有効期限はあと1週間らしいという事がわかった。




いや危ないじゃないか!



昨年引っ越した影響なのか何故か更新通知のハガキが届かず、元号を跨ぐというイレギュラーも重なり危うく失効するところだった。



僕は翌日、慌てて警察署に向かった。



多少取り乱したものの、免許更新ももう3回目。
その方法は心得ている。


何より更新でポイントとなるのが、やはり写真である。


デジカメやスマートフォンの普及で写真の確認や撮り直しが当たり前となったこのご時世で、確認なし一発撮りの写真が5年間使われる身分証になるというのはなかなかプレッシャーである。


しかし僕は前回、持ち込みの証明写真を使う事ができると学んだ。


そして実際に持ち込みの写真で更新したが、事前に写りを確認できるし顔のトーンも明るくなる。


写真代は900円ほどかかってしまうが5年で900円と考えれば安いものだ。



僕は今回も証明写真を撮ってから更新所に向かった。



そして必要書類を記入し、更新料を支払い、得意げに視力測定を済ませ、いざ写真の受付へ。


「写真持ち込みでお願いします」


僕がキメ顔でそう言うと、受付の40代くらいの女性がとても冷静に言った。


「警察署では持ち込みの写真は使用できません。運転免許センターでしたら持ち込みでもできるのですが、」


「あ、じゃあ大丈夫です」


僕は間髪入れずにそう答え、何事もなかったかのようににこやかに撮影スペースへと移動したが、内心は動揺しまくりである。


警察署の向かいにある証明写真機で暑さに耐えながら少しでも良く写るようにと苦戦したあの時間は何だったのか。



900円を払って1人で盛れないプリクラを撮っただけじゃないか。



悔しさを堪えながらもカメラを向けられれば顔を決める。


悲しきプロの姿がそこにあった。


そして優良者講習で安全運転の大切さを再確認し、新たな免許が配布される。


番号で呼び出され、一人一人受け取りに行くわけだが


僕の前に免許証を受け取った初老の男性がピーポ君Tシャツを着ていた。


それを見た瞬間、僕は「やられたっ…!」と思った。


警察署へのリスペクトを示しつつ、さりげなく周囲に与える親しみやすさとユーモア。まさに免許更新においてベストな装いである。



次の更新の際にはピーポ君Tシャツを着ると胸に誓っていると、僕の視線に気付いたのかピーポ君おじさんと目が合った。



『5年後だ。5年で必ずアンタと同じ境地に辿り着く。それまで待ってろよ』


僕が目で訴えると


『ほう、そいつは楽しみだ。また優良者講習で会おうや。だからそれまで、違反するんじゃねえぞ』


おじさんはそう言っているように見えなくもなかった。



僕は約束の場所で再び相見えるために



5年間の安全運転を胸に誓ったのだった。



安孫子宏輔