高校を卒業して10日経った
第一志望の大学に落ちたショックから少し立ち直り
第二志望の大学に行くことを決めて、東京行きの準備や卒業旅行の計画をしていた頃
僕は福島を離れる前にできるだけ友達に会っておきたくて、仲の良かった人に片っ端から「会おう」と連絡していた。
その日は久しく会っていなかった中学の友人と駅前で待ち合わせをして
駅前なのに相変わらず人が少ないなあ、なんて話しながらカフェに入って
注文した抹茶ラテを受け取った時、お店が揺れた
おっと、こぼれるこぼれる
なんて思っていたら立っていられないほどの揺れになった
店内の物が次々と倒れ
店内にいたおじいちゃんおばあちゃん達が「外出な！外！」と大声で叫んで、僕も外に出た
普段は人もまばらな駅前の通りが建物から出てきた人でごった返していて
原宿の竹下通りみたいだ
なんて思った
たしかにすごい揺れだったけれど、最近大きめの地震多かったしそこまで大ごとだと思わなかった
友達は「家が心配だから今日は帰るね」と言った
僕も「そうした方が良いよ」と言って友人と別れた
僕は家には誰もいないし、それほど心配ではなかったので珍しく騒がしい駅前の様子を見ていた
数十分経っても未だに続く喧噪の中で、高校の友人と会った
駅から少し離れた所に住むその友人は「家にいる妹が心配だからすぐに帰りたい」と言った
僕は「後で返してくれれば良いから」と言って自転車を貸した
季節外れの雪が降り始める中、僕は歩いて家に帰った
帰り道、通り慣れた道で建物の壁や塀が倒れているのを見て改めてすごい揺れだったんだと思った
家に入ると、棚が倒れ、食器や衣服やあらゆるものが散乱していた
リビングのテレビをつけた
津波の映像が流れていた
信じられない光景だった
場所を見ると同じ福島の、小さい頃何度か海水浴に行った街だった
急に、恐ろしくなった
やっととんでもないことが起こったのだと自覚した
母から電話が来て、祖父が「こういう時は家族でまとまっていた方が良い」と言ってるということで同じ市内の祖父の家に行くことになった
外で母親の車を待っていると、友人が自転車を返しに来た
ありがとう、大丈夫だった
また落ち着いたら会おうと言って別れた
それからしばらくは祖父の家で過ごした
電気は生きていたが、水が出なかった
小学生の従兄弟と一緒に家の裏にある川からバケツとロープでトイレ用の水を汲んだ
トイレは勢いよく水を流し込めば流れるものだと知った
従兄弟と家に戻ると、
放射性物質を洗い流す為に外出したらシャワーを浴びましょうという注意がテレビで流れていた
蛇口をひねってみても水はまだ出なかった
自転車で自宅に着替えを取りに向かっている途中、雨に降られた
初めて雨に濡れるのが「怖い」と思った
しばらくお風呂に入れなかった
男の僕はいいけれど、中学生の従姉妹はお風呂に入らせてあげたかった
飲み水は給水車の配給に並んだり、井戸水を持っている家にポリタンクを持ってもらいに行った
ガソリンスタンドにはガソリンもなかった
スーパーやコンビニからは品物が消えた
おじいちゃんが野菜を作ってたから助かるね、なんて言いながら夕飯を食べた
食卓の脇のテレビの中では都会の人たちの買い占めが報道されていた
地震から数日後に警察官の父と会った時、父は見たこともないほどやつれていた
ずいぶん寝ていないようだった
生まれて初めて、疲れ切っている父の姿を見た
会って1時間もせずに父は仕事に戻った
原発の報道からは目が離せなかった
友人達とのメールでは実際はもう危ないらしいとか様々な憶測が飛び交っていた
3号機の建屋が爆発した映像を見た時、一度人生を諦めた
誰もいない部屋に行き、少し泣いた
そしてどこからともなく悔しさが湧き上がってきた
自分じゃどうすることもできないところで自分の大切なものや未来が奪われて
何を訴えることもできない、何をすることもできずにただ見ているだけの自分の無力さが悔しかった
目の前の理不尽に怒っていたけれど、それをどこに向けていいかも分からなかった
それから卒業したばかりの高校で避難してきた人の為のボランティアを手伝ったりして
大半の友達がどこで何をしているかわからないまま
四月になって僕は上京した
未だ何も解決してないのに故郷を離れるのは少しモヤモヤしたけれど
目を背けたい事から離れられる安心感のようなものがあった
大学生になって、出身地を話すと絶対に震災の話になった
気まずそうにする人、好奇の目で見る人、被災地じゃん！となぜか嬉しそうにする人
その全てがストレスだった
悪気がないことも分かってて、自分が逆の立場でも同じような反応をしてしまうかもしれないけれど
この時の僕は過敏になっていた
この頃、ボランティアのお礼に渡した福島のお土産が大量に捨てられているニュースとか、福島県民への差別がよく報道されていて
僕は福島県民以外はみんな敵なんじゃないかと思っていた
会う人会う人を"東京の人"という偏見で曇ったレンズ越しに見ていた
被災地という言葉も嫌いだった
被災地じゃない、福島だ、僕の故郷だ
ちゃんと名前で呼んでくれ
なんて心の中でニュースに噛みついていた
そんな調子だから大学の最初の1年は友達もできなかった
学校が好きで、クラスの中心にいることが多かった僕にとって学校で友達ができないのは初めての経験だった
それでも一緒に授業を受けてくれる人がいて
その時から一緒にいた人たちは今でも連絡を取り合う大切な友達になった
その友達のおかげで2年生からは他にも友達ができた
上京してからは震災の報道もあまり見なくなった
極力震災から目を背けたかった
きっと自分で思っているよりショックを受けていて
事実と向き合うだけの強さがなかった
それでも地震が起こるたびに、震源地が気になって仕方なかった
東京は揺れていなくても福島でまたあんな事になってるんじゃないかなんて思って人知れず心拍数が上がっていた
震災から一年後
一年経ってしまったけど見ておかないといけない気がして高校の友人と車で相馬に行った
小さい頃遊んだおぼろげな記憶の中の海水浴場は金属製のフェンスがひしゃげて見る影もなく
海沿いから数キロ先まで何もなかった
人もいなかった
一生忘れないであろう景色だった
それから大学生活を送り、この仕事をすると決断した時も震災のことを思い出した
この仕事を選んだ理由は人を楽しませることが好きで、好きな事を仕事にしたいから
その他にも理由は沢山あるけれど
大きな理由の１つに震災があった
あの時沢山の芸能人が福島に来てくれた
物も何もなくてもそこにいるだけで人を喜ばせる事ができる芸能人を羨ましく思った
自分が芸能人だったらもっと声を届けることもできるのにと思った
そして、あの時福島にいた人間が活躍する事で誰かの勇気になれると思った
他にもたくさん、たくさん、
そして僕は今芸能界にいます。
先程述べたようにこの世界にいる理由はそれだけじゃないけど
今も変わらず大きな理由として僕の中にあります。
震災に対しては色んな意見があるだろうし
そのどれも、その人が感じた震災の真実なんだと思います。
一番大変な人にしか話す権利がないのなら、誰も話せなくなる
僕は間違いなくあの時福島にいて、震災を経験しました。
だから僕の経験した東日本大震災のありのままを
僕の事を知ってくれた皆さんにも知って欲しくて書きました。
有川浩さんの小説で
「人の痛みに貴賎はない」
という言葉に出会いました
僕はその通りだと思いました
痛みを比べ始めたらきりがない
人の痛みは比べるものじゃない
だからせめて自分が経験した痛みは僕だけの痛みとして自信を持って語ろうと思います。
今日で震災から10年。
この文章は2019年の3月11日に
8年という響きに月日の流れを感じて
こうやって歴史の中の出来事になっていくのかと感じて
それまではどうしたって暗くなるからこういう話はして来なかったのですが
なんだか文字にしておきたくて
掻い摘んでだけど僕が経験した東日本大震災を書いたものです。
公開する時は少し怖かったのですが、この記事を読んでくれた方から「書いてくれてありがとう」「知らなかった事を知ることができた」という言葉をたくさん頂きました。
だから、この一年で僕のことを知ってくれた人にも読んでもらえたらなと
一度読んでくれた人とも毎年一度、数分間だけでも想いを共有できたらなと思って昨年に引き続き加筆・修正しました。
10年ということで書きながら自分自身で当時を深く振り返ってみて
去年までは書けなかったけれど今は書きたいと思った当時のことを書き足しています。
逆に忘れかけていたけれどこの記事を読んで思い出したこともありました。
2年前にこうして文字にしておいてよかったです。
皆さんからいただいたコメントやメッセージも大切に読ませていただいています。
よく「大して経験していない私なんかが言うのは」と書いてくれる方がいるのですが、どうか気に病まないでください。
経験は事実であって、比べるものじゃない。
あなたがこの記事を読んで、文章を考えてまで僕に何かを伝えようと思ってくれたことが嬉しいです。
この記事は読んでこういう気持ちになって欲しいとか、共感して欲しいとかいうものではありません。
ただ、僕の経験したありのままの事を、僕を知ってくれた皆さんに知って欲しいだけです。
読んで何を思うのかは人それぞれの自由だと思います。
長く、暗い気持ちになるような文章だったと思いますが最後まで読んでいただきありがとうございました。
東北が大好きです。
福島が大好きです。
2021.3.11 安孫子宏輔