深夜である。



街は寝静まっておりシンという音が聞こえて来るようだ



時刻は午前1時を過ぎようとしていた



普段ならまだ少し人通りもあるのだろうが



今この東京は緊急事態宣言の真只中



日中ですら外出している人が少ない




この深夜においては尚更であり


道路では誰にも見られていない信号機が律儀に稼働を続けているばかりだった





そんな夜の闇の中を動く影が一つ




一定の速度で動いたかと思えば、少し跳ねたように動いたり、また一定の速度で動いたりと少し不可解な動きである




「タッタッタッ」という地面に音を立てて移動するそれはどうやら人のようだ



その男、口元には笑みを浮かべている




身の丈は6尺ほどあり大柄と言えるだろう





無論、僕である。




外出自粛の中にあっても体力を落とさぬよう最低限の運動をしなければと


安孫子はなるべく人のいない時間を狙って暗い夜の帳の中へ駆け出したのであった




この男、1日のほとんどを家の中で過ごす生活が続いている為、外に出てランニングしているのが心地良くて仕方ない



足で地面を蹴るたびに自然と顔はほころび



ランニングがついついスキップになり、ハッとしてまたランニングに戻したりを繰り返していた



先程の不可解な動きというのはこのランニング&スキップである



字面だと一見かわいらしい場面のようだが



読者の皆様に想像して欲しい



深夜1時、人気の無い暗く細い路地の向こうから180センチの男がまあまあな速度でスキップして来るのである。しかも笑顔だ。



なかなかにホラーである。



映画化となればPG-12の年齢対象は免れないだろう



危機意識の高い方であれば遭遇した時点で通報する可能性も充分にあり得る



僕は勇猛果敢な男なので、そんな通報されるリスクなど気にも留めずに夜の街を通り抜ける一陣の風となり走り続けた









走り始めて30分が経った。



当初は30分で切り上げる予定だったが、今日はなんだか調子が良い


いくら走っても疲れる気がしない


走るのが楽しくて仕方がない


相変わらず周囲には人っ子一人おらず


ずっと家の中にいる反動で空の高さを感じながら走ることが気持ち良くなっていた



虚空に向けて

「やめる…?おいおい、やっと身体が温まってきたところだぜ?」

なんて呟けるくらいには気持ち良くなっていた



気持ち良くなった安孫子の快進撃は止まらない



「男子たるものまだ見ぬ道を切り拓くべし」


と意気込んで通ったことのない道へと駆け出した



なるほど、近所であっても初めて通る道というものは新鮮である


知らないお店に出会ったり

突如として小さな畑が現れたり


いつもと一本道を変えるだけで景色は変わり、新たな発見が沢山ある




「この角を曲がったら、そこにはどんな世界が広がっているのだろう」



と思考回路がだいぶメルヘンになってきたこの大柄な27歳は好奇心に目をきらきらと輝かせている


完全にランナーズハイである



そしてまた



「我の前に道はない、我の後ろに道はできるのだ」


と謎の意気込みを見せて知らない道をずんずんと進んで行った

ちなみに前も後ろもちゃんとコンクリートで舗装された道路である。

















30分後。




さすがに疲れてきた


まだ走れるが、行った分は帰らねばならないのだ


素人ならいざ知らず


僕は二足歩行を始めてこの方27年になろうかという大ベテランである

そのくらいの計算は造作もない

少し疲れてきたくらいで折り返すのが正解なのだ




(ここらで切り上げるか…)


そう思い立ち止まった


眼前には初めての景色が広がっていた



(きっとまた来るよ…)



そう心の中で誓い、後ろ髪を惹かれつつも僕はくるりと反転した




すると







後方にも初めての景色が広がっていた。





僕は思った





ここは一体どこなんだろう。






初めての道と言っても来た道を戻ればいいのだ


それに自宅からの大体の方角が分かっていれば多少遠回りしても家にたどり着く


これが30分前の安孫子の思考回路である


「まだ見ぬ世界が僕を待っている」

なんて口ずさみメルヘンに身を任せているようで一方では冷静に思案しているあたり、
さすが数あるCandy Boyの中でも頭脳では5本の指に入るのではないかと言われている知恵者である。ちなみにCandy Boyは2020年6月現在で8人である。






しかし当てが外れた。


後ろを振り返り気づいた事だが、初めて通った道を逆側から見るのもまた初めてであり、どこを曲がったかなど分かったものではない

一度や二度ならまだしも優に20回は進路変更している


方角も途中何度か道がカーブしていた時点で諦めた


僕がいる場所は自宅から走って1時間強のどこかであり


完全に迷子だった。



しかもランニングをしに半袖短パンで家を飛び出したので財布も携帯電話も何も持っていない



あるのは己の体ひとつ



迷子としては理想的ですらある



普通の半袖短パンの迷子ならここで絶望し泣き出すところだ



しかし、僕は落ち着いていた



半袖短パンの迷子の平均年齢は7歳くらいだろうが、こちとら27歳である



半袖短パン迷子の中では経験・頭脳・体力の全ての面で規格外



偏差値は70を優に超えるであろうスーパー迷子だ



このような事態を乗り切る策など幾つでもある





まず、僕は空を見上げた


星を見れば方角が分かる


古代より人は星を見て方角を得て旅をしてきた


先人の知恵とは素晴らしいものだ


いかに便利な時代に生まれたからといって、道具がなければ何もできないのでは一人の人間、ましてや男としてなんとも頼りない


やはり人間持つべきものは知恵であり知識である


幸い今日は晴れていて、この東京で満点の星空とはいかないがポツポツと星が浮かんでいた



僕はポラリス、


つまり北極星を探した


その星がある方が北だ


方角さえわかれば、後は標識なり地名を道すがら見つけて現在地を得れば自然と家の方角が分かる



しかし



僕は北極星を見れば方角が分かることは知っていたが



北極星の見つけ方を知らなかった。



分からない


どれがどの星か分からない


先人たちよごめんなさい



僕のお星様大作戦はあえなく失敗した


狙いは良かった


非常に惜しかった



しかしながらここで挫けるような僕ではない



作戦は常に二段構え


ダメだった時の作戦を常に用意しておくのが策士というものだ


失敗したとなれば次の作戦に移るまで。





やはり人間知識ばかりの頭でっかちになってはいけない


時には勇気を持って知識を捨て、一匹の動物としての野生の勘、己の頭ひとつで勝負する事も必要なのである



これは僕が普段からよく使う手だ


メンバーの家に泊まりに行った時など


行きは案内がいるから良いが、帰る時に駅までの道が分からないことが多々ある


もちろんスマホでマップを見ればいいのだが、何となく負けた気になるので見たくない


そんな時、僕は人の流れを見る


より多くの人が向かう先に駅がある事が多い


特にサラリーマンや学生などが同じ方向に向かっている場合はほぼ当たりだ


瞬くんの家からも、知弘くんの家からも、大翔くんの家からだってこの方法で駅までたどり着いた


人の多い都会ならではの手法だが、実績がある



駅にさえ着けば現在地も帰り方も分かる




僕は狩人のような目で周りを見渡した








見渡す限り無人だった。



そうだった

今は緊急事態宣言下であり、深夜2時を過ぎていた

人の流れなんてあったものじゃない


自慢の策が破れ

「もはやこれまで」と、二度と自宅には帰らずに生きていく覚悟を決めようかと思った瞬間


後方から一台の原付バイクが僕を追い抜かして行った



瞬間、僕は走った


獲物を見つけたチーターのように走った


「人だ!人だァ!」


という心の声は多分口から漏れていた


丑三つ時に人を追って夜の闇の中を疾走する様はきっと物の怪と大差なかった


だか、いくら僕が学生時代にリレーの選手に選ばれ続けた俊足の持ち主ととても仲のいい友人だったからと言って原付バイクに追いつけるはずはなく


原付バイクは夜の闇の中へ消えてしまった


僕が走ってからむこうの少しスピードが上がった気がしたが、まあ気のせいだろう





それから僕はとりあえず走り続けて大通りに出て、道路の案内標識を見つけて


出発するとき自宅から南へ走り始めたのに何故か今自宅からはるか西にいる事を知り


大通りを走り続けて知ってる駅までたどり着いて


ランニング開始から3時間後


フラフラになりながらなんとか自宅の前にたどり着いた







空の片隅はほんのりと明るくなり始めていた



長かった夜が明けようとしている



僕はそのうっすらという光を眺めて



「あっちが東か」


と呟き



次ランニングする時は夜明け前にするのも手だな、と思いながら我が家のドアを開けた。








安孫子宏輔




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