6月30日(月) 晴れ
26日(木)に、花田先生から、うれしいことがあったということで次のような話をうかがった。
「今日沢田くんのことで話題が出たとき、『沢田くんは去年からこんなに叱られていたの』と聞いたら、まわりにいた子が、『去年のほうが叱られていたよ』といったので、『去年より叱られなくなったのなら、それだけよくなったって言うことじゃない』と、沢田くんを誉めてあげたんだよ。」と。
この話から、私はふたつのことを考えた。
私は昨年度、努力して、特に沢田くん米沢くんの二人は叱らないようにしてきたが、それでも子どもたちの目に、よく叱られていたと映っていたとしたら、大きく反省しなくてはならないし、それは今後の私の課題であるといえる。
しかし、それとは別に、もうひとつの気になることがある。
それは、4月の終わりごろ、6年生の子が、「このごろ、けんちゃん(沢田君)叱られてばっかりなんだよ」と、私の所に報告にきたことがあったのだ。私が聞いたのではなく、子どもたちからやってきてそういったのである。
このことから考えると、「今まで(去年まで)は叱られることが少なかったのに、増えたよ」という意味合いに取れる。
そして、それからしばらくしてのこと。私の記録には、5月2日(金)晴れ、となっているが、「沢田くん『さいきん、なんかすぐけっちゃうようになった。なんか、なぐりたくなっちゃう。』と。『国語や算数がんばりはじめた。4年生のとき見せておけばよかった。』と。沢田君が私に話してきた。」という1文がある。
これは、沢田くんのいらだちと、頑張っているけれど認められない苦しさがあるような気がして、書き留めておいたものであるが、彼の膝に、マジックでバツ印がついていたのは、それからしばらくしてからのことであった。バツ印は、沢田君がいけないことをしたときに、担任がつけるとのことだった。
花田先生から伝えられたことと、私が子どもたちとの関わりの中で知ったこととは、かなりのギャップがある。これといって、このことについて詳しく調べたわけでもないのでこれ以上のことは何も言えないけれど、ただ一つ心配なことは、子どもたちが気を聞かせて、花田先生に「去年はもっと叱られていたよ」といっている場合である。
それをそのままうけて「沢田くんよかったね」と、言ったとすると、誤った情報で判断したということになってしまう。そして、その誤った情報を流したのは子どもである。そうすると子どもたちは、この担任の先生は誤った情報で判断する先生だ、ととらえるようになりはしないだろうか。信頼関係が崩れないか心配である。願うことは、私の考えすぎであってほしいということである。
※やがてこのクラスは、沢田君を中心に学級崩壊していくことになります。
30年くらい前のこの記録を読返して今新たに気付くことがありました。
それは『沢田くんは去年からこんなに叱られていたの』という一文です。つまりこのことを子どもたちに問いかけている、花田先生は、「こんなに叱っていた」という事実です。このときにすでに沢田君は、よほど叱られている状態だったということです。
担任が思い通りにならない子どもに対して、「叱る」ことは普通にあります。
もちろん、子どもが悪いという前提で叱るわけですが、多くの場合は、子どもをよくするためにと、叱る理由付けをします。
でも、実は、叱るための理由探しをしている場合が、あまりにも多すぎるということに気付くことができれば、叱られる子どもも、叱られる場面も、ぐっと減ることになると思うのです。
(登場人物はすべて仮名です。)