「通常学級で問題になる児童について・2」

  ~問題提出児~

 私が、問題になる児童を受け持って感じることは、どの子もはじめは、腹立たしい子だということです。

 かかわっていると、イライラしてくるのです。担任としてやりたいことや、クラスとしてやりたいことが、なかなかできない状態にもなります。

 そうすれば、当然おもしろくありません。

 この積み重ねが、その子を嫌いにしていきます。

 これが自然な流れです。

 しかし、これまで(16年間)いろいろな先生を観察してきたところ、問題があるから嫌いになるということばかりではないことが見えてきました。

 つまり、嫌いになることは問題行動の結果ではなく、どうも、「嫌いである」ことが、問題行動の原因になっているようなのです。

 そこで、私はずっと実験を重ねてきました。

 どういう実験かといいますと、「問題のあるとされる子を好きになる」実験です。

 好きであるかどうかは自分の心がいちばん良くわかることです。

 ところが、教師には、自分がこどもを好きなのかどうかよくわかっていない人も多いということです。

 または、嫌いなのに好きなふりをしているということです。

 「教師はこどもを好きでなくてはならない。好きであるべきだ。」という考えが、そのまま自分の気持ちであると錯覚を起こさせているわけです。

 そして、実は嫌いなのだけれど、それを認識しないで、この子を良くしていこう、この子のために頑張ろうとするため、教師自身の心に非常に負荷がかかり、ますますそのこどもを嫌いになっていくわけです。

 その結果、良くなるどころか、状態が悪化していくことも多いのです。

 これは教師に限らず、日本人の傾向性なのだそうですが、本音と建前が混在しそれでいて、その自分を肯定してしまっているということで、これは、精神分析の観点からみれば精神分裂症の初期症状だそうです。

 嫌いなのに、その感情は押し殺し、さらにその子のためになんとかしようという、この無理した取り組みに、問題が改善しない大きな原因があるのではないかと思うのです。

 繰り返しになりますが、「嫌い」であるということは、問題行動の結果ではなく、「原因」ではないかということです。

 そうすると、「原因」である「嫌い」という教師の感情を「好き」という感情に転換することによって、問題の解決へと進めることができるのではないでしょうか。

 そこで、私がこれまで実験してきた結果、好きになれた子については、100%問題を改善することができました。

 こう言うと、その子が良くなったから好きになれたのではないかという考えがでてきます。

 しかし、私の実験では、その子が問題のある状態で好きになるようにしてきましたので、良くなった結果好きになったのではありません。その子をまるごと好きになったと言うことです。

 前述の児童にしても、まずその子のためにやったことは、その子を好きになることでした。

 『「教師」新たな自分との出会い』(学事出版)のなかで、『憎いこどもをどうして よくすることができよう 愛する人だからこそ尽くせるのではないか 私はたしかに、子どもたちを好きなふりをしていたのだ どんなに教育理論をふりかざそうと 子どもがよくなるはずがない 子どもは 愛されている人の前でなければ いい子であろうとしないのだから 「先生ぼく悪い子だよ」は「先生、ぼくが憎いんでしょ」だったのだ』とあります。先生が、その子どもをまず好きになること、これがなければ、問題解決は厳しいものになるということです。

 残念ながら、この学校で問題を抱えた子どもに対する慈愛あふれる言葉を聞くことはなかったような気がします。

 どうも名前のあがってくる子どもたちに対して、いい言い方をしないことが多いことからも、そういう子どもを好きになれない結果、問題が改善しないということはないでしょうか。

 こういう言い方をしますと、「どの先生も子どものために頑張っているからそれはあたっていない」「ちゃんと改善してきている」ということになるのですが、それならそれでもしも、子どものことを大好きになって、これまでのような関わりができたとしたら、今の何倍もいい結果になったのではないでしょうかと私は訴えたいと思います。

 誤解をされないためにも押さえておきたいことは、教師の怠慢であるとか、力量不足ということではありません。

 むしろ、他の学校の先生よりも、一生懸命に子どもたちとかかわってきたと思いますし教育技術として身につけるための努力もしてきていることは間違いないと思います。ただ一点、子どもを好きになるというところが抜けているのではないでしょうか。

 

 

 どんな教育理論より、まず教師がすべての子どもを好きになれる能力を身につけることが大切なのだと、私は強く訴えたいと思います。

 

(登場人物はすべて仮名です)