子どものための教育学
第3章 不登校編
4 不登校を乗り越える一つの提案
(1)価値観の転換を
私がこれまでかかわってきた不登校を見たとき、どの親にも共通している考えがありました。
それは既成の価値観です。
「学校へは行かなくてはいけない」「勉強の遅れが心配」「このまま休み癖がついたらどうしよう」「ご近所さんの目」「不登校の責任は親」「なんとか学校へ行かせたい」等です。
そして、不登校を乗り越えた親に共通することもあります。
それは、
「不登校は必要なものだった。」
です。
不登校にかかわった人、お母さんやお父さんや周囲の人びとに、子どもとともにより豊かな人生を切り開く大きなチャンスを、お子さんが与えてくれているんです。もちろん、その渦中にいると、とてもそうは思えない。しかし、乗り越えた人の体験は皆、必ずそうなっています。
子どもの行動に意味のないことは、ひとつもありません。子どもにとっても親にとっても深い意味があると信じてください。
教員の立場から見るとき、かえって心配なのは、本当は不登校したいのに、不登校も起こせないで頑張ってしまう子どもたちです。
その子たちの中には、大学生や大人になってから病理的な神経症などになる子もいるからです。
どんな子であっても お母さんは 私を愛してくれる。
ではなぜ子どもたちが不登校を「起こせたんだろう」と考えてみてください。
不登校になるというのは、学校に不安を感じているから、安心の場である家にいたい、と思うからです。
今自分が不登校を起こせば、お母さんは困るだろうな、悩むだろうな、悲しむだろうな、と子どもはけなげに苦しんでいます。でも、「お母さんは、たとえ苦しんでも、不登校を起こした私をも愛してくれる、どんなことがあっても見捨てない」という安心感と信頼の根本があるからこそ、学校に行きたくないという感情を表せたのです。
「私のお母さんは、お母さんしかいない」「自分のことを無条件で受け入れてくれるのは私のお母さんだけなんだ」という信頼のメッセージを子どもがくれたんだ、そう思えば、子どもの不登校を少しは前向きに受けとめられるのではないでしょうか。
子どもにとって母親は、かけがえのない、大切な大切な存在なんです。
怒りや悲しみをすべてお母さんにぶつけてくるのは、お母さんがだれよりも大切だからこそです。
子どもがぶつかってきたときは、たしかにつらいと思います。でも「私がこの子にとって大切な人だからこそ、私にぶつかってきてくれているんだ」と感じていただければ、お母さんの不安感も少しは取り除くことが出来るのではないかと思います。
人間は人間にぶつかれることが、いちばん幸せなことなんです。
また不登校児の中には押し入れや暗いところに引きこもったりする場合もあります。
これは、ある意味でお母さんの体内に戻るのと同じことです。お母さんは「もう一度子育てできる!」と、その楽しみをもう一度味わえると考えてはいかがでしょうか。
我が子を宿したとき、本当に幸せだったと思います。ところが、現代社会の学校という制度があるために、縄文時代の親だったら、そのまま続いたであろう幸福感、子どもと暮らせる幸福感が薄らいでしまうのです。
不登校でない親にしても、子どもの成績が、いじめ問題が、将来の進路がと、子どもがいるために悩んでいます。
どれも、学校がなければ、縄文時代であれば、悩む必要のないことなのです。
もう一度、子育てできる。
目に見えない 心の発するメッセージ。
お母さんの不安が少しでも解消され、お母さんの心が前向きになったとき、初めて子どもの心に寄り添えます。
こうしてお子さんの心に寄り添ってみると、不登校は目に見えない心や生命の発する、一つのメッセージなんです。
今の時代が、社会が作り上げた既成の価値観から抜けだし、我が子をこの世に授かった幸福感から、もう一度やり直してみることが大切なのです。