第4章 いじめの温床日本 私たちを取り巻く社会環境を考察する

 

Ⅱ いじめ発生の温床・日本②

 

1 世間体の文化・真心の忘却②

 

 そんななか、北イタリアで布教活動をしていたのが、ラテン語読みでワレンティヌス、イタリア読みでバレンティノ、英語でバレンタインという人でした。

 

 バレンタインは、布教活動の中で国王にとらえられてしまいます。

 

 国王はバレンタインに言います。

 「キリスト教をやめろ」

 「いやです」

 「仲間の名前をいえ」

 「いやです」

 「拷問にかけるぞ」

 「どうぞ」

 

 ということで、バレンタインに対する拷問が始まります。毎日指の一関節ずつ切り落としていくのです。そして、その傷口を塩の樽につけたのです。やがて、両手両足の指はすべて切り落とされ、それでも屈しないバレンタインの手首足首まで切り落とします。

 

 バレンタインは、両手両足がなくなっても、仲間を裏切りませんでした。

 

 国王は激怒し、コロッセウム(円形競技場)に何万という観衆を集め、キリスト教をやっているとこうなるんだという見せしめとして、両手両足のなくなったバレンタインの首に縄をまき4頭だての馬車で、石畳の上を引き回し、バレンタインは最後には、肉の固まりとなって死んでしまったのです。

 

 こうして、自らの命を捨てて、人々のために尽くした、バレンタインの心を忘れない日としてのバレンタインデーが始まったわけです。

 

 したがって、ちょっと考えてみれば簡単にわかるように、この日にみんな一斉に恋人へプレゼントをするなどということは、おかしな話で、実はこれは世間体大好きな日本人の体質が利用されているのです。『みんながやっているから、恥ずかしくないわ』と。  

 

 たしかにヨーロッパでは、この日にプレゼントをするという習慣はありました。

 

 しかしそれは、親から子どもへ、たとえばイソップ童話のようなものから人のために尽くすことの大切さを語った言葉を探し、それをカードにしてプレゼントするというようなものでした。恋人へ…ではないのです。

 

 やがて時代が過ぎて、本が安く手に入るようになると、人々に尽くすこと、献身の大切さを訴える内容の本をプレゼントしたりして、バレンタインの精神を大切にしてきたのです。

 

 ところが今から100年から200年くらい前になると、モノをプレゼントするということが始まりました。ちょうどこの頃から、孤児院や養老院ができはじめたのです。そこで、町が「身寄りのない子どもたちの親代わりになろう」ということで、必要な衣服などを、この日にプレゼントするということが、ぼちぼち起こりはじめるわけです。それでもやっぱり、バレンタインの人々に尽くすという献身の精神は失われていないわけです。

 

 さて、これが日本に入ってきたのが今から100年ほど前なんです。どうですか、100年たった今も、この精神は日本にまったく根付いていませんね。では、いったいチョコレートだ、恋人だというのはどこから出てきたのでしょうか。

 

 1958年頃のことです。その当時日本では女性が男性にプレゼントしたり愛の告白をしたりということは、一般的ではありませんでした。はしたないことだという印象すらありました。ここに目を付けたのがMというチョコレート会社の販売宣伝部です。この日を女性から好きな男性へチョコレートをプレゼントする日にしたらどうかということになったのです。普段は、世間体大好きの日本人ですから、プレゼントしたくてもできない。そこで「この日はヨーロッパでは愛する人へ女性から男性へプレゼントしている日なんですよ」と、でっちあげの一条項を付け加えたところ、みんながやるから私もやろうと、なんと3年で日本中に定着してしまったのです。ちなみに、ホワイトデーは6年で定着したそうですが。

 

 “真心のバレンタインデー”は、100年たった今だに定着しないのに、企業の金儲けのためにでっちあげた、“自分のためのバレンタインデー”は3年で定着してしまったということなのです。

 

 これを、日本の有名デパートがフランスでやったのです。そうしたところフランス中でデモ行進が起こったそうなんです。『我々の真心のバレンタインの精神を、あなたたちは金儲けのために、土足でふみにじるのか』と。

 

 これが日本の姿なのです。形式はきちっとしているけれど、心の根底には誰のためでもなく自分しかないのです。2月14日は、毎年日本中がきっちりバレンタインデーをやっているという形はしっかりしているのですが、それは誰のためでもなく、自分が満足するためなのです。

 

 土用のウナギもそうですね。本当はウナギは冬場が脂がのって美味しいそうで、江戸時代、夏場の時期にウナギがさっぱり売れないことを平賀源内に相談したところ、土用の丑の日に、「う」なぎを食べれば、長生きできることにしたらどうだと言われ、始めたところこれが当たり、今に至っているそうです。

 

(次回:1 世間体の文化・真心の忘却③)