子どものための教育学  

 

第2章 いじめ編

 

4 幸福感の高いクラス作り②

 

 次に、きれいなこと探しです。

 

 1日学校で生活していて、きれいなことがないわけがありません。それなのに子どもの口から出てくることは、誰かがやった悪いことばかりです。

 

 学校では、良いこと見つけのようなことを、帰りの会などにやっている先生もいるようですが、帰りの会の瞬間に思い出すだけでは、子どもの意識の100ビットは、ほぼ『注意探し』で1日を終えていきます。それは教師の目が注意探しに向いているからです。

 

 良いところ探しで何かを書かせたり、花を貼らせたところで、それをやっているときだけ意識が向いても、何の意識付けにもなりません。これまでの教育では、どうしても目に見えるように視覚化することで、教師が安心してきました。文章にする、掲示にする、表にすることで、自分はやっているという安心感を得ようとしてきたのです。それは子どものためと言うより、教師が安心するためなのです。

 

 本当に子どものためを思うのであれば、まずは、先生が子どもたちの良いところを常に見つけ、即時子どもたちに知らせていくことです。

 

 すると、子どもたちの意識も、きれいな行動、きれいな出来事に向き始めます。そして、注意も減っていますから、当然幸福感の高いクラスへと動き始めるのです。

 

 ところが、多くの教師は、意図的に誉めることが多いのです。教師にとって都合の良いことを誉めるのです。(これによって、本当は誉められるべき子どもが、見逃されていきます。)

 

 そうすると、子どもも、誉められることを目的で行動することが多くなります。

 

 たとえば、「トイレのスリッパをそろえられる子どもたちにしたい」と考える教師がいたとします。

 

 ところが、その目的に違があります。

 

 A教諭は、「トイレのスリッパをそろえましょう。」と子どもたちに呼びかけます。その目的は、自分の学年がよく見られたいからです。もっと言えば、自分をよく見せ誉められたいからです。

 

 B教諭は、「トイレのスリッパをそろえましょう。」と子どもたちに呼びかけます。その目的は、思いやりのある子どもに育てたいからです。

 トイレのスリッパをそろえるという行為は、次に使う人のための思いやりです。

 

 AとBでは、同じことを言っていても、目的の違いは、子どもには見抜かれてしまいます。Aには、トイレのスリッパをそろえさせたいという意図がありますから、変な日本語になりますが、スリッパをそろえた子どもを「わざと誉める」のです。それによって、他の子どももそろえなければいけないような空気を作るのです。子どもの誉められたいという意欲をかき立てるのです。

 

 A教諭の目的では、「わざと誉める」ことが繰り返されますから、それによって育つのは、「誉められたい子ども」です。子どもは、誉められるためにスリッパをそろえるようになるのです。

 

 つまり、誉められなければやりません。先生が見ていなければ、誉められないのですから、やる意味がありません。誉められることが目的の先生は、誉められることが目的の子どもを育てるのです。

 

 それに対して、B教諭の場合は、次の人のための行為となります。

 

 すると、B教諭は、そろった状態を喜びます。「誰がそろえたかわからないけれど、とても思いやりのある子がいる。」と。

 

 そして、もしもそろっていないときは「誰かはわからないけれど、次の人のことを思いやれない子がいると思うと残念だな。」と悲しい気持ちを伝えます。(「わたしメッセージ」です。)誰も誉められず、誰も叱られません。教師の気持ちを伝えます。

 これを繰り返していきますと、自然にそろえる子どもが増えていきます。

 あるとき、そろえている子どもを見かけることも出てきます。そんな時は子どもに気づかれないよう通り過ぎ、時間と場所を変えて、名前は伏せて、「こんな子がいました。ものすごくうれしいです。」と喜ぶのです。すると子どもたちの心の中に、先生ができます。心の中の先生に喜んでもらおうと行動します。

 

 スリッパの例ですが、これは次の人のための行動です。

 つまり「人のための行動」なのです。

 

 「誉められたい」は自分のための行動です。この違いがとても重要なのです。脳科学で見ると、どちらの行動も、その目的を達したときは脳内に「幸せホルモン」が作られます。

 

 しかし、誉められたくてスリッパをそろえた子どもは、誉められたときだけ「幸せホルモン」ができます。

 

 ところが、次の「人のため」にスリッパをそろえた子どもは、スリッパをそろえるたびに「幸せホルモン」ができるのです。誉められるかどうかは関係ありません。

 

 つまり「自分のため」の子どもは、誉められたときだけ「幸せホルモン」ができ、「人のため」の子どもは、自分が人のために行動したときに「幸せホルモン」ができ続けるのです。

 

 見方を変えれば、「自分のため」の子どもは、他人(教師)によって、幸不幸がきまります。

 

 「人のため」の子どもは、幸不幸を決めるのは、自分自身だということになります。

 

 この仕組みを理解すると、学級経営のすべてに応用できます。

 

 1年も経てば、子どもたちはたくさんの「幸せホルモン」を作り幸福度の高い学級になっているのです。

 

 「幸せなクラス」作りのポイントをまとめましょう。

 

 1,『注意禁止』で、クラスの怒りのエネルギーをなくします。

 2,「自分のため」の生き方を『人のため』の生き方に転換します。

 3,教師自身が『自分の思い通りにしたい』という生き方から『子どもの幸せのため』という生き方に転換します。

 

 以上で、いじめを深刻にしない条件はそろいます。

 

 一つ付け加えておかなければいけないことは、『注意禁止』についてです。

 

 ここでは、あくまでも「子ども同士注意し合わない」ということであり、教師は、必要なところはしっかり子どもに注意していかなくてはいけません。

 

 表現を変えれば、『注意は先生の仕事。子ども同士は、心配なら教えてあげる。』です。

 

 よく見かけるのは、先生がいるとき、子どもたちがうるさかったりすると、学級委員のような子どもが「静かにして!授業ができないよ!」などと大きな声を出している場面です。

 

 たしかに「静かにして!授業ができないよ!」は、内容としては間違っていないのですが、うるさいときに、もっとうるさい声で「静かにして!」は、いかがなものかと思います。

 

 むしろ、先生がいるときの出来事であれば、先生では静かにできないから、私(子ども)が静かにさせましょうと、教師を見下した態度ともとれます。

 

 そんな時先生は「一番うるさい声は『静かにして!』のあなたの声だよ」と教えてあげるべきだと思います。

 

(次回:5 まとめ)