第4章 いじめの温床日本
私たちを取り巻く社会環境を考察する
Ⅱ いじめ発生の温床・日本⑨
3 モノとカネに覆い隠された人権①
ここ30年くらい前から、精神分析学者の中で注目を集めていることがあります。
それは物語り症候群ということです。これは日本の精神分析学者が気づいたことです。その方は、ノイローゼになったりした人を、その人の幸せだった頃のことを思い出させることによって復元力を付け、治していくという治療をしてきたそうです。ところがやってくる患者さんで、おかしなことを言う人がふえてきた、というのです。
「私ノイローゼになりました」
「あなたの幸せだった頃のことを話してください」
「はい。あの頃は、主人の給料もこれこれで、ボーナスではピアノを買って、娘のピアノの発表会には、こんなドレスをきさせて、休みの日には、こんなバスケットにサンドイッチをつめて、遊園地にいってあんな乗り物にのって、帰りにはレストランでフランス料理を食べて、本当に幸せでした」
「そうですか。それは幸せでしたね。それではその時のことで、どんな話を家族でされましたか」
「そういえば……、忘れました」
また恋人にふられてノイローゼになった女性は。
「彼にふられてしまいました」
「その人が好きだったんですね」
「はい。とっても」
「それではその人と過ごしたことで幸せだったことを話してもらえますか」
「あのときは本当に幸せでした。彼は本当にやさしかったです。誕生日にはプレゼントをくれました。そして、デートをして、ドライブして、ディズニーランドへ行って、帰りにはイタリア料理を食べて、どれをくれ、それをくれ、あれをくれ、これをくれ……。本当に幸せでした」
「それは幸せでしたね。それでは、その時一番感動した彼の言葉とか話は何でしたか」
「あら……、忘れました」
つまり自分の幸せをモノでしか覚えていないということなのです。人とのかかわりでは覚えていないのです。これはちょっと辛いものがあります。
この部分についてはこのあとの、『Ⅲ 自らの幸福に対するとらえ方の変換を』で述べたいと思いますが、しあわせ・イコール、モノなのです。
ここには実は徳川幕府の宗教政策の影響があるのです。
こんなことを言うと反感をかいそうですが、事実として述べるなら、世界中の宗教の中で、もちろんそれはきちっとした宗教でですが、祈りながらお金を投げる、いわゆる賽銭というものですが、そういった宗教は日本以外にないというのです。
これはお金で功徳を買うという、物々交換です。
お金でしあわせを買うということは、幸せよりもお金が上ということになるんです。
これもちょっと考えてみればわかることなんですが、わけのわからない言葉にだまされて、それが大切なことだという文化が現在の日本だといえます。論より証拠です。だれがみても、お金社会日本です。
(3 モノとカネに覆い隠された人権②)