高天原(たかまがはら)って、何だとおもいますか?
日本神話に出てきますね。
「古事記」によれば、天照大神(あまてらすおおみかみ)は高天原を治め
有名な天岩戸(あまのいわと)も高天原にあったといいます。
つまり、日本の神様の居住地ということになりますが・・・・
では、この高天原って、どこにあったのか?
実在したというと、日本神話はただの物語ではなくて
歴史的事実に元づいた資料ってことになります。
これをみると
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%A4%A9%E5%8E%9F
天上説・・・神様の住む世界;つまり天
地上説・・・1、九州、信州、高野など、日本国内
2、韓国の慶尚北道髙霊郡の高天原
作偽説・・・信仰の対象として作られた話
韓国の慶尚北道の髙霊郡のことは
加耶大学の李慶熙(이경희)総長が、ここが高天原だとして
石碑などを建てたそうです。
高天原のそばにあったとされる牛頭山(우두산)も、
髙霊に同じ名前の山が近くにあります。
https://news.v.daum.net/v/20130628005305837
1995年、筑波大学の馬淵和夫教授が
「古代日韓の交流に関して」という論文を手に講壇に立った。
”日本の天孫が高天原から新羅に降りて来たという内容が712年の「日本書紀」に記録されている。
高天原は新羅の西側に位置する国(伽耶)として山の中の盆地となっている。
何年もの研究の末、その条件を満たす地を探しだした。
それがまさに、髙霊だ。”
馬淵教授の論文は、日本の社学会でも”説得力がある”と評価された。
古代伽耶六ヵ国の中で最も栄えた大伽耶人が日本に伝播、
福岡などで発見された金の耳飾りや金の冠、土器が
髙霊郡からもたくさん発見された事例があった。
李慶熙(이경희)加耶大学の創設者は
710年の古事記にも、山の中の盆地という内容が出てくる。
学説によれば、ニニギノミコト(天照大神の孫)は
天から、高天原にある伽耶の平地に降り、
舟に乗って鹿児島に行ったとなっている。
1999年4月、加耶大学は、
馬淵教授が注目した学校の丘に「高天原故地」の碑を建て、
誰もが来れるように公園を作った。
1999年から、毎年4月の大伽耶祭りに高天原祭りが加えられ
日本からも学者たちが来て
日本の天皇家の先祖(日本神話の神々)の祭事が行われているそうです。
参考までに・・・・
高天原に行った、個人ブログ、二つ(韓国語)
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=kee21c&logNo=220099842485
http://blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=gokory&logNo=221316370516
高天原祭りの様子を撮った写真を、
すいません・・・ネットの中から借りてきました。
高天原に関する研究論文
関心ある人は読んでみてください(韓国語)
(もう、頭痛いわ・・・)





