フリーマンのブログ -9ページ目

苛立ち

 寒いせいか「苛立つ」事ばかりで不愉快になる。小生の性格が悪いのか我慢しているつもりでも、すぐに頭の中が戦闘モードになってしまう。年と共に穏やかになるのではなく、短気になるし、頑固にもなってきた。

 「苛立ち」は、小生の問題で非は認めます。
しかし、「NTTの回線修理業者」にも「OCN」にも小生を苛立たせる不手際があった。電話の故障を依頼し、多忙な小生を4回目も修理の時間に立ち合わせ、配線もきれいに収まり修理を終えたのに、何やら問題があるかもしれないと時間をつくり、配線、ケーブル、配管でもいいが、一回で修理出来るものを4回でも5回でもいいが、不当な修理費を小生に請求しないでもらいたい。小生の貴重な時間を割いているのに君らの不手際のお金まで・・・「支払います」電話料金と一緒の請求ならカードから勝手に引落とされる。

 「OCN」長い付き合いだったが、縁がなかったと思って諦めてくれ。「ユウセン光」しか許可が出ずに申し込み、今度は「某社に変更」指令があり、理由をつけて変更し、工事も終えて設定・接続も完了してBBテレビを楽しんでいると某社の「光」が設置され、小生が接続出来るようになったとたん、「某社の光」が設置された。セールス・電話での勧誘は小生の精神を苛立たせる。好きな会社だから苛立つが、許せ!

 昨日の出来事である。「AMERICAN EXPRESS」のキャッシングの一括をしようと思ったら、前日に借りた金額も利息もわからないと「意味不明」な事を大事なお客様に言ってきた。
昨夜借りた金額も利息も出せない!
そんな・・・・
一日にしろ借りたお金に利息がつくのは当然で、小生には支払う義務が発生するのに、まだデーターが銀行からこないから利息計算がどうだとか訳のわからないことを言い出し、OMC・GE・JCB・その他の会社は一括の支払いと言えば利息計算もしてくれるし、利息だけは月末に口座からとかきちんと対応してくれたのに、何故金額も正確に把握できず、借りた金額もわかるのに金利がわかっても利息計算が出来ないのだ。小生が金利計算を教えてやるから計算しろと言ったら、正確な金額が出ないと言われ、借りた金額に一万余分に振り込んで下さいと。暑いのにこんな疲れるオペレーターと話すと苛立ちと怒りがこみ上げてくる。入れてやるから余分なお金は金利を取らせて貰う。それより、借りたお金に利息以上のお金を振り込めと言われ、貴方はそのような時はどうする!
沈黙・沈黙、一歩間違えれば振り込め詐欺の餌食になるところだった。貴女と話しても怒りしか思うことが出来ないから、口座に入っているから毎月の支払いでいいですと電話を切りました。5分も経たないうちに家電がうるさいほどなり始め、出ないから携帯までかかり本社のどうのこうのと肩書きを言うから、肩書きなど電話で話す知らない相手がホントか嘘かわかるはずもなく、いきなり謝罪から始まり、少し前の意味不明な答えに対してすいませんと言い出した。何も謝罪することもないし、一括払いをさせないから、小生は毎月きちんと支払うと言って一方的に切る事にした。何回も電話がかかってくるからよけいに苛立つ。うるさいから出ると偉い人かどうか判断できないが、何故謝罪するのかわからないし、電話が迷惑な事も理解していないようだ。お金に目がくらんだのか金額と口座番号まで丁寧に教えてくれた。面倒だから、責める事をやめて一括払いで終わらせた。

 小生、文句も争いも嫌いだから我慢するようにしている。我慢すれば心も乱れ、穏やかにならない。言えないのではなく、言うのを我慢しているだけ。こんな愚かな性格だから苛立つ事ばかりで治らない。

 世の中お金ばかり大事にされ、お金に支配されてしまう人達もいる。お金のない小生のひがみかもしれないが、お金も大事だが、お金と同じように大事なものは小生の財産だ。
ビスマルクはいえり「一も金、二も金、三も金」と、「一も人、二も人、三も人」と小生も思いたい!


         自治三訣

     人のおせわにならぬやう
     人の御世話をするやう
     そしてむくいをもとめぬやう



 

階「きざはし」

 もう10日近く勝手に会社を休んでいる。特別な理由などないのに、何故か会社に行く気がしない!本来なら首になっても
当然な事なのに小生を「首」にしてくれない。

 社長の気持ち、小生の気持ち、どちらの気持ちが先に変わるかわからないけど、小生の勝手な我儘は許されない事である。

 時々ふと人生とはいくつの階(きざはし)を登るのだろう。
それは誰にもわかる筈がない。今小生はどの位の階を登り、
これから先何段のぼらねばならぬのか。

 幾度かすべり落ち、また登り、何回繰り返して来た事か。
喜び勇んで登る階、悲しさに胸一杯で悲しい思いで登る毎日も
あったり、春風たいとうの日も、嵐の日も、雪の日も、暑い日は汗を拭き拭き寒い日は肩をちぢめ、両手を摺り合わせながら
登った階段。

ある日息子の事で悩み、苦しみ、この一段をどんな思いで親が登ったであろうか。子は知る由もない。
また、会社・仕事の行先を考へ、足が重く、中々登れなかった
一段。そして、階段の踊り場でホット一息ついた一時。

 一番苦しんだ階段はやはり両親を亡くしたことかもしれない。18歳で家を出て勝手気儘な生活を送り、親が病に蝕まれ
余命を宣告されて、親を思う気持ちをとりもどした。

 残された時間の中で親孝行の真似事になるから、後悔ばかり
残ってしまう。この時こそ上がるに登れない階もあるのだとつくづく思った。速かに、階段を上がり天に迄昇る階であって欲しい。

 或る時はどんなにしても足が重い、どうしてどうしてこんなにと思う位、心が重たい。心の中に木枯らしが吹きぬけ、吹雪
が地吹雪を起こし、心の中は寒々として、何もかもがどこかへ
行って、何も見えない。足元もおぼつかない。

 小生はどこにいて、何をしようとしているのか、悲しい。
そんな時思う心、亡き両親の顔、息子の顔が走馬灯のようにかけめぐる。

 一つ一つの階も本当に楽しく元気で登りたい。昔のように、
どんなに辛くても夢中で過ぎた昔が懐かしい。もう、死と隣合せの年になると、考える事も多く苦しみも多い。

 楽をする積りで一生懸命働いてきた小生なのに宿命は中々のり切れない。

 価値観とはなんだろう。優しさとは何だろう。
思って感じる事なのであろうか・・・・
小生は思う。本当の優しさは、相手の心を読める人、それに対して、行動を起こす真の思いやりのある人だと思う。




盆栽

昨年はじめたボケの盆栽が見事に咲き始めました。