階「きざはし」
もう10日近く勝手に会社を休んでいる。特別な理由などないのに、何故か会社に行く気がしない!本来なら首になっても
当然な事なのに小生を「首」にしてくれない。
社長の気持ち、小生の気持ち、どちらの気持ちが先に変わるかわからないけど、小生の勝手な我儘は許されない事である。
時々ふと人生とはいくつの階(きざはし)を登るのだろう。
それは誰にもわかる筈がない。今小生はどの位の階を登り、
これから先何段のぼらねばならぬのか。
幾度かすべり落ち、また登り、何回繰り返して来た事か。
喜び勇んで登る階、悲しさに胸一杯で悲しい思いで登る毎日も
あったり、春風たいとうの日も、嵐の日も、雪の日も、暑い日は汗を拭き拭き寒い日は肩をちぢめ、両手を摺り合わせながら
登った階段。
ある日息子の事で悩み、苦しみ、この一段をどんな思いで親が登ったであろうか。子は知る由もない。
また、会社・仕事の行先を考へ、足が重く、中々登れなかった
一段。そして、階段の踊り場でホット一息ついた一時。
一番苦しんだ階段はやはり両親を亡くしたことかもしれない。18歳で家を出て勝手気儘な生活を送り、親が病に蝕まれ
余命を宣告されて、親を思う気持ちをとりもどした。
残された時間の中で親孝行の真似事になるから、後悔ばかり
残ってしまう。この時こそ上がるに登れない階もあるのだとつくづく思った。速かに、階段を上がり天に迄昇る階であって欲しい。
或る時はどんなにしても足が重い、どうしてどうしてこんなにと思う位、心が重たい。心の中に木枯らしが吹きぬけ、吹雪
が地吹雪を起こし、心の中は寒々として、何もかもがどこかへ
行って、何も見えない。足元もおぼつかない。
小生はどこにいて、何をしようとしているのか、悲しい。
そんな時思う心、亡き両親の顔、息子の顔が走馬灯のようにかけめぐる。
一つ一つの階も本当に楽しく元気で登りたい。昔のように、
どんなに辛くても夢中で過ぎた昔が懐かしい。もう、死と隣合せの年になると、考える事も多く苦しみも多い。
楽をする積りで一生懸命働いてきた小生なのに宿命は中々のり切れない。
価値観とはなんだろう。優しさとは何だろう。
思って感じる事なのであろうか・・・・
小生は思う。本当の優しさは、相手の心を読める人、それに対して、行動を起こす真の思いやりのある人だと思う。
当然な事なのに小生を「首」にしてくれない。
社長の気持ち、小生の気持ち、どちらの気持ちが先に変わるかわからないけど、小生の勝手な我儘は許されない事である。
時々ふと人生とはいくつの階(きざはし)を登るのだろう。
それは誰にもわかる筈がない。今小生はどの位の階を登り、
これから先何段のぼらねばならぬのか。
幾度かすべり落ち、また登り、何回繰り返して来た事か。
喜び勇んで登る階、悲しさに胸一杯で悲しい思いで登る毎日も
あったり、春風たいとうの日も、嵐の日も、雪の日も、暑い日は汗を拭き拭き寒い日は肩をちぢめ、両手を摺り合わせながら
登った階段。
ある日息子の事で悩み、苦しみ、この一段をどんな思いで親が登ったであろうか。子は知る由もない。
また、会社・仕事の行先を考へ、足が重く、中々登れなかった
一段。そして、階段の踊り場でホット一息ついた一時。
一番苦しんだ階段はやはり両親を亡くしたことかもしれない。18歳で家を出て勝手気儘な生活を送り、親が病に蝕まれ
余命を宣告されて、親を思う気持ちをとりもどした。
残された時間の中で親孝行の真似事になるから、後悔ばかり
残ってしまう。この時こそ上がるに登れない階もあるのだとつくづく思った。速かに、階段を上がり天に迄昇る階であって欲しい。
或る時はどんなにしても足が重い、どうしてどうしてこんなにと思う位、心が重たい。心の中に木枯らしが吹きぬけ、吹雪
が地吹雪を起こし、心の中は寒々として、何もかもがどこかへ
行って、何も見えない。足元もおぼつかない。
小生はどこにいて、何をしようとしているのか、悲しい。
そんな時思う心、亡き両親の顔、息子の顔が走馬灯のようにかけめぐる。
一つ一つの階も本当に楽しく元気で登りたい。昔のように、
どんなに辛くても夢中で過ぎた昔が懐かしい。もう、死と隣合せの年になると、考える事も多く苦しみも多い。
楽をする積りで一生懸命働いてきた小生なのに宿命は中々のり切れない。
価値観とはなんだろう。優しさとは何だろう。
思って感じる事なのであろうか・・・・
小生は思う。本当の優しさは、相手の心を読める人、それに対して、行動を起こす真の思いやりのある人だと思う。