師との出逢いは、まさに水を得た魚だった。
音階には幾つものトンネルがあること。
そのトンネルに潜り込む愛情を持つこと。
ワンフレーズごとの一体感を学ぶこと。
そうして数えきれないほどの歌を、その体中にシャワーを浴びるかの如く。
私は、師から学んでいったのだ。
その師弟関係はまるで、後見にも似た「生き写し」そのものだったのかもしれない。
お陰で私には、夏の暑い日も冬の寒い日も。
学校が無くとも、夏休みも冬休みも存在しなくなっていた。
朝から晩まで、師のグランドピアノの隣りで学び、この身が許される限り歌ったのだった。
そして、どちらがレッスンを希望しているか否かと言うよりも、同じ空間を共にすることが何より尊く、嬉しく、はしゃいでしまう。
社会的な立場や年齢は違えど、私たちは子ども同士でもあったのかもしれない。
もしも皆さんと私の歌声に、何かの違いがあるとするならば、
学校に行くことよりも、友達と遊ぶことよりも、テレビを観て笑うことよりも
最優先にしていた居場所があり。
丸ごと幼き私を受け止めてくれた師があり。
音楽と向き合い愛し合う時間を作り出してきたこと。
この3つの要素なのかもしれない。
師と共に奏でられる時間があれば何もいらない。
そんな私たちにも
別れの時はやってくるのだった。
※皆さんの明日に虹が架かりますように。
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