小さな花束を抱える。
流れる涙は止まらない。
すぐに会える距離なのは分かっていたけれど、この綺麗なお洋服を纏った式を迎えたら、師への距離は遥か向こうになることを私は悟っていた。
小学校の卒業式。
それは誰もが経験すること。
でも私は、学校の先生と会えなくなるから。
友達層が少し変化するから。
そんな思いが高まってホロホロと泣いてる訳じゃなかった。
そう。
大好きな歌を大好きな師と歌えなくなる。
それが悲しくて悲しくて仕方がなかった。
学校は今よりも遠くなり、勉強もしなければならなくなる。
「部活動」という名のエブリデイ上下関係に団体行動ポジティブOK模様。
想像しただけで絶望感すら覚えた。
明日を考えたこともない私が、明日を思わなければならなくなるというのは、どうやって笑い、何を信じればいいのか。
それすらも分からなくなってしまうのに等しかったのだ。
4月。
真新しい景色の体育館には、沢山の学生服の姿があった。
同時に新しい景色は、初めて経験する「寂しさ」への誘いでもあった。
仕方なく私は、吹奏楽部に入部するけど、相棒になりたい楽器は見当たらず、一通り触ってはみるものの笑いかけてはくれる子(楽器)はいなかった。
そこに上下関係の微妙な空気。
これまで天真爛漫に、ただただ歌を愛していた私の心をイチイチ傷付けた。
夏休みになる頃。
誰に相談することもなく、私は部を後にする。
帰宅をし、せめてもの救いに誰にも聞こえないように小さく鼻歌を歌った。
そして、もう1つ。
変わったことがあった。
それは4歳から一番の親友だったピアノに、桜色のピンクのカバーをかけたことだった。
私にとってピアノとは、「弾く」ものではなく「音階を学ぶもの」だったからだ。
歌を無くしたカナリアに、親友は何も語りかけず、こちらから語りかけることもなかった。
「歌を歌えないこと」は、「音楽を捨てること」を意味し、私はその中学校3年間を、ほぼ無音で過ごした。
桜色のカバーを外したのは、その4年後。
実に4年の歳月をずっと。
もう一度、私が歌い出すようになるまで、親友はここで待ってくれていたのである。
※皆様の心に虹が架かりますように。
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