『日本は中国の属国?』
『負けるなニッポン』
15日付の日経の夕刊に『中国、準常任理事国新設なら、日本の協力へ』という記事があった。
日本の安保理の安全保障理事会での常任理事国入りへの悲願は周知の通りである。現在、日本はアメリカに次ぐ経済大国であり、国連分担金の約20%を負担している。これは現常任理事国のフランス、イギリス、中国を足してもまだ日本の方が多い計算になる。経済的な貢献度から言えば、日本が常任理事国入りしても何も問題がないように思える。しかし、現状は日本という国はお金はたくさん出すが、口は出せない。ものを言えない大株主のようなものである。だから、今後世界の中で、イニシアチブをとり、より積極的な国際貢献をするためにもより発言力と存在感が強くなる安保理の常任理事国入りはぜひとも実現させたいことではないだろうか。
しかしながら、そこで、障害となるのが、隣国中国だろう。自分はワーホリ時代にたくさんの中国人の友達も出来たので、中国人は好きなのだが、どうしても中国という国が好きになることが出来ない。
小泉総理の靖国参拝問題、歴史教科書、ガス油田開発の強行や尖閣諸島などの領土問題などなど、中国はことあるごとに日本の対応を批判してくる。そして、最近ではアジアカップでの一部若者の暴徒化。勿論、中国は日本の国連の常任理事国入りに強い拒否の姿勢を示している。
そもそもなぜ、そんなに中国は日本を非難ばかりするのだろうか?
そのことについて、UFJ総研理事長の中谷巌さんはこんなことを言っていた。
『日本は聖徳大使の時代から中国から強い干渉を受けており、元来、中国は日本を属国と捉えている節がある。それに反発する日本というのが日中の基本的な関係である。しかし、日本が中国の本当の意味での属国にならないで済んだのも聖徳太子の時代に国教として仏教(中国の儒教ではなく)を選択したことが大きい。信教が違っていた為に、心の侵略を防ぐことが出来た』と述べていた。
そのことからすると、中国が日本に対して、過去の歴史を非難し、場合によっては恫喝する。靖国だの教科書だの反発しているのは今に始まったことではないと言える。そうやって、日本を非難するのが、ずっと昔からの日本へ対する対日スタイルだと言うのだ。中国が日本を属国である(潜在的に)と考えている以上、日本と同等な関係は納得がいかない。だから、中国と同列である日本の常任理事国入りには断固反対なのだろう。そこで、妥協案として、格落ち的な存在である拒否権を持たない準常任理事国ならば、日本にも認めようという考えになる。
このような日中関係を考えると、仮に小泉総理が靖国神社に参拝しないとしても、またA級戦犯の合祀をやめ新たな追悼施設を作ったとしても、個人的には中国が日本に対する攻撃をやめるとはとても思えない。
また、新たなる火種を持ってくるに違いない。そもそも、小泉総理が言っているように靖国について言えば、
個人の信教の問題であり、他人にとやかく言われる筋合いの問題でない。完全な内政干渉であり、宗教干渉である。キリストやイスラムなど一神教の世界ではありえない。このような内政・宗教干渉を認めてしまったら、国家のアイデンティティーな無くなってしまう。ただ、日本人は自分も含めて、宗教に関する知識や興味も薄いのも事実だが。日本人はキリスト教徒でもないのにクリスマスを祝い、年が開けると神社にお参りに行き、キリスト式の教会で式を挙げるくせに、仏様の命日である仏滅を避ける。このように日本人はなんでもいいとこどりをする国民(自分も含めて)であるから、中国などの完全な宗教干渉においても、寛容的な態度をとってしまう。だから、中国のこのような態度にも相手の言っていることもわかるよな~というのんきな考えになるとも言えなくはないが・・・。
総理の靖国神社の参拝について言えば、普通の日本人なら、『総理が靖国神社に参拝したからと言って軍国主義に逆戻りする』なんて考えていないと思うし、日本人はそんなにバカではない。もっともっと良心的な考えをもっているのだと思う。そして、過去の反省の上に立っているからこそ、戦後50年の間は国外で武力行使を一切しないし、日中国交正常化の際に行った戦後賠償や1965年の韓国に対する経済援助があると言える。
第二次世界大戦以降の日本人の平和に対する意識と、一切戦争をやらないと国民が強く感じることが本当の意味での戦争に対する反省ではないかと思う。それを評価しないで、中国のようにうわべだけの感情論に終始すると、いつまで経っても、日中は未来志向の関係は築けないと思う。
そこで、日本はいち早く、中国の呪縛を振りほどき、国連安保理の常任理事国として、より世界に貢献できる立場に立つ必要がる。それが達成できれば、日本が本当の意味で中国の属国(潜在的な)から抜け出し、真のリーダーとしてアジアだけでなく、世界をリード出来るのだと思う。