平成最後のブログ
当直中。
平成7年から医者をしているが、あらためて、もう医者人生、こんなにやってるのかと思う。
そして、まさか自分ががん治療に関わるとは昔は思ってもみなかった。
人が変わるきっかけは色々とあるが、自分は一人の患者さんの生きざま、死にぎわを診てたことが、今の診療のベースとなった。
名前も、顔も、最期の自分への言葉も覚えている。
がん治療に関する考え方が大きく変わった。
エビデンスしかなかったガチガチの頭から
エビデンスをよりうまく使いながらもその限界から諦めず診療を続けるスタイルに変わっていった。
がんの患者さんとどう接して、どう治療して、どう導くか。
教科書にはない部分での、自分の考え方が、この方の死を契機に、またその後の診療の積み重ねから出来上がったと思う。
そして研究をすることの大切さも知った。
繰り返しになるが、ガイドラインは患者さんに押し付けるものでも法律でもなく、また医者を守るためのものでもないこと、正しく使って限界を知り、そのうえで出来ることを模索し研究することもまたがん治療にたずさわる医師の責務だと思った。
それは別に正解ではなく、単にひとりの医者の偏った考え方かもしれないが、
自分はこの姿勢で令和もがん治療に携わっていこうと思う。
共存という考え方。
そのために必要なこと
診療と研究 そしてやっぱり、原点は診療
間違ったもの(イカサマのやつら)に厳しく接して正しく患者さんを導くこと
そして、ブログを根性で(笑)続けること
時々炎上ありきのネタも引き続きぶっごみたいと思ってます。
令和でも引き続き、ニャンコのブログをよろしくお願いいたします。
明日の朝まで穏やかな夜になるよ~に。
「吹田徳洲会病院 がんカテーテル治療センター」
最後まで読んで頂いてありがとうございました。よろしければ、↓ ポチッとお願いします。

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平成7年から医者をしているが、あらためて、もう医者人生、こんなにやってるのかと思う。
そして、まさか自分ががん治療に関わるとは昔は思ってもみなかった。
人が変わるきっかけは色々とあるが、自分は一人の患者さんの生きざま、死にぎわを診てたことが、今の診療のベースとなった。
名前も、顔も、最期の自分への言葉も覚えている。
がん治療に関する考え方が大きく変わった。
エビデンスしかなかったガチガチの頭から
エビデンスをよりうまく使いながらもその限界から諦めず診療を続けるスタイルに変わっていった。
がんの患者さんとどう接して、どう治療して、どう導くか。
教科書にはない部分での、自分の考え方が、この方の死を契機に、またその後の診療の積み重ねから出来上がったと思う。
そして研究をすることの大切さも知った。
繰り返しになるが、ガイドラインは患者さんに押し付けるものでも法律でもなく、また医者を守るためのものでもないこと、正しく使って限界を知り、そのうえで出来ることを模索し研究することもまたがん治療にたずさわる医師の責務だと思った。
それは別に正解ではなく、単にひとりの医者の偏った考え方かもしれないが、
自分はこの姿勢で令和もがん治療に携わっていこうと思う。
共存という考え方。
そのために必要なこと
診療と研究 そしてやっぱり、原点は診療
間違ったもの(イカサマのやつら)に厳しく接して正しく患者さんを導くこと
そして、ブログを根性で(笑)続けること
時々炎上ありきのネタも引き続きぶっごみたいと思ってます。
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