腹膜播種
これも立派な転移であり、通常の血行性転移やリンパ節転移よりも臨床的に厄介なことが多いです。
腹膜は、腹腔という器の内面全てを覆う膜、と思ってください。
よくドラマ(切腹)などで、お腹を切ると腸が飛び出てきますよね。
お腹の臓器のほぼ全てが、腹腔というお腹の大きな器の中に入っています。
そして、腸などは自由に腹腔の中を動き回ります。
お腹を開くと、肝臓から全ての腸がお腹に詰まっているのがわかると思いますが、腹腔は大きな、空洞です。
他の血行性やリンパ性転移が管腔内の血液、リンパ液に浮いて移動するのに対し、腹膜播種は、腹腔という巨大な器に溢れたがん細胞が、自由気ままにお腹の中を移動し、そこで腹膜だけでなく、中に詰まっている肝臓や腸など臓器の表面にもくっついて、そこで育ちます。
通常の臓器転移よりもはるかに画像で確認しにくく、よって、手術をするつもりでお腹をあけたらわずかに播種が認められ、手術せずにお腹を閉じるというのも、播種が1つあれば、やはりがん細胞が肉眼で見えないレベルで腹腔という器の中で飛び散っている可能性があることになります。
よって、通常の肝転移や肺転移といった臓器転移と違って、どこにでも移動する、どこにでも広がりうる腹膜播種が局所治療の対象とはなりにくいのがわかると思います。
腹膜播種が多いのは、婦人科癌と消化器がん、あと膵癌などですね。
いずれの腹膜播種の治療も、原則、全身薬物治療です。
お腹のどこにでも存在する可能性があるから、です。
またあえて腹腔内化学療法なるものについては僕は書きません、書きたくありません。察してください。
さて、うちのカテーテル治療の対象臓器の中で、少数ですが播種はやっています。条件はいくつかあります。
1)癌腫でまず決めています。よくやるのは婦人科癌ですね。
一方、がんの悪精度が高すぎてやらないのが膵癌と胃がんです。
2)腹水が中等量以上たまっている場合はできません。
覆水のなかにがん細胞がういていて、そんな液体の中の癌細胞に
つながる血管がないからです
3)必ず期待しうる全身薬物治療をまずやってください。当科でやる場合は、その後残ってしまった播種が、不幸中の幸いで、1−2箇所に限局してCT上、孤立して見える場合です。べたーっと広がるタイプはできません。
具体的には、婦人科がんですと、骨盤内、肝臓周囲、脾臓周囲など、どこかの臓器と密着して残ってしまったタイプです。通常、播種はぷらぷらした細胞なので、つながる血管がありませんが、どこかに付着することで、その付着部位から動注が可能になりえます。ただ、解剖的制約が多くて、やはり限られた場所で、いろんな条件をクリアしないとできませんね。
こまかな条件は、実際に今までの治療過程や、CT画像で判断していますので、他の病態よりも診察での適応判断が必須となります。
さて、今週おひとりですが、腹膜播種の治療をさせていただきました。
紹介先のがんセンターの先生は、当初、そんなことできるはずはないと思われていたようですが、セカオピの際のこちらからの情報提供書をみて、積極的に患者さんを送り出してくれました。
結果は、僕と技師の想像通りの血管がみごとに播種の全てを栄養していて、きれいに治療できました。ここら辺は、やはり経験値ですね。
10年前は、播種の治療なんて無理だよ・・と思っていましたが、気づけはたぶん20例近くの動注を実施しており(実際に数えてないのでもっといるかも)、ひとつ研究テーマになりそうです。
僕の中では、薬物治療して残ったところが腹膜の一部だったら、広義のオリゴ転移として動注する意義はあると思っています。
ただ、他の臓器よりもはるかに制約があり、癌腫、場所、腹水の有無に依存しますので、これは実際に診察で適応判断が必須であることはご理解ください。
久しぶりに、播種にきれいに治療できたので、ぜひ効果が出てほしい。
今も外来で、同じような婦人科癌の播種の患者さんに治療し、運良く消滅して、その後も小さな播種が時々でるもその度に治療していたら、すでに3年経過している患者さんが通院されていて、これってすごいことですよ、(決して僕の腕がいいのではなく(笑))、あなたは本当に運がいいと思います、って診察させていただいたばかりでした。
腹膜播種は、命に関わる病態です。
多くの患者さんの治療はできませんが、運良く当科の適応になりそうな患者さんが運良く僕のところにきてくれたら、今後もチャレンジしていきたいですね。
ああ、あくまでも、有効な全身治療はしっかりとやりきってください。
播種も立派な全身転移の1つですから。