思春期
=親に反抗的な態度
派手な行動
だと思っていた。
自分は、両親に怒られるのが怖くて
反抗的なことはできなかった。
だから、両親からも周りからも
『いい子』に見えていたと思うし
よくそう言われいた。
けど、わたしの心の中では
ちゃんと思春期をむかえていた。
●みんなみたいに、両親に反抗するとか
友達と自由に遊ぶとかできない自分が
ださくて、恥ずかしいと思っていた。
●両親に怒られるのが怖くて
我慢したり、言う事をきくことしか
できない自分が恥ずかしかった。
けど、自分のしたいこともわからない。
大人になってから、
『昔、友達と夜遅くまで
クラブで遊んでてー』
とか
『昔、友達と〇〇行った』
そういう話を聞くと
モヤっとする。
けど、クラブで遊ぶとか
〇〇へ行くとか
本当にしたいわけじゃなかった。
みんながその時に、
自分のしたかったことをしてきてる
その感覚がうらやましかった。
けど、当時の私といえば、
両親から怒られることが死活問題並に
怖く感じていて、怒られないことに
必死だった。
意識が両親へ向いていたから、
もちろん自分のしたいことなんて
全く思い浮かばなかった。
みんながうらやましくて
私なりに
あれかな?これかな?
これさえやってればって、
当たり障りのない
何かに手をつけては、
なんかしっくりこないで
諦めるの繰り返し。
いつか、こんなみじめな自分から
抜け出して、
みんなをあっと驚かせて
見返してやるんだ!って
ずーっと抱えてきた。
しかし!
なんだか、思春期の私が
救われた気持ちになった
気づきがあったので記録📝
●反抗期(思春期)
『親から心理的に自立するプロセス』
暴れる=反抗期と思うのは
外から見えると派手だから
自然とそう認識してしまう傾向にある。
実際は、
🔴外に出すタイプ
🔵内にしまうタイプ
があって、どちらもちゃんと思春期
私は内にしまうタイプだった。
怒り
沈黙
距離
涙
など、出方は人によって様々。
●親に怒られない様にしていた自分
親が怖いと、脳は瞬時に
『安全に生きるにはどうする?』
と、計算する。
・いい子でいる
・反抗しない
・意見を飲み込む
・諦める
全部、生存戦略。
弱さではなくて、適応能力。
●クラブ行った話にもやもや…。
けど、行きたかったわけじゃない。
・夜に自由に出歩く
・親の目を気にしない
・友達と弾ける
その象徴に反応していた。
自由に選べる立場ではなかったから、
選べる人達を見るとざわついた。
反応したのは、
クラブそのものじゃなくて、
同じ感覚になれない自分が
ダサくて恥ずかしい。
けど、
怒られないように
自分を守ることに必死(生存戦略)
だったから、
“やりたい!”より
“大丈夫か”が優先
↓
『何したいかわからない自分』
↓
わからない自分が空っぽみたいで
いや。
●何をしたいかわからない自分
・安全が足りなくて
内側の自分の心に
アクセスできない状態だっただけ。
・見返したいと
思っていたから
余計にわからなくなっていた。
見返したいエンジン=
私だって価値がある!って
証明をしたかっただけ。
でも、そのエンジンは
外側を見ながら走るから
燃費が悪い。
思春期
見返したい
親に怒られたくない
↓
それっぽい行動
けど、
親に怒られないようなこと限定
↓
成果でてやったー
↓
しばらくして
やっぱりみんなの方が
キラキラしてる…
↓
したいことってなんだろ?
わからない
できない私ダサい…
そんなループ
今
感情に気づく
↓
否定しない
↓
以上マル
エンジンを“見返す型”から
“内発型”に切り替えている作業。
だから、最近は、
自然にこれやりたいな!がでる。
↓
自然とできる
という事が増えてきている。
やりたいことがわかる自分って
何か大きな夢を持つことや
華やかなことだけじゃなくて
いま、これ好きだな
いま、これ心地いいな
いま、これ違和感あるな
がわかる状態。
自然に湧くものを
自然に選べる状態。
以前、
『いい子』と褒められたてた
思春期時代。
モヤっとしてたけど、
あの当時、私も私なりの
やり方で
しっかり思春期を過ごしてた。
それに気づけただけでも
なんか、よかったって思う。
親を困らせるだけが思春期ではない。
そうできない自分は
だめだー
親離れできてない
恥ずかしー
ってなってたけど、
あの時は、
自然と、これやりたい!
って湧き出るような
状態じゃなかった。
人は、自然と
やりたい!
って思うと
自然とやれてしまう。
だから、当時の私が
できなかったのは
その時の適応能力が
発揮されていたからで、
“やりたい!”が
優先順位になかった。
今も、今なりに
日々、モヤモヤしたり
イライラする。
けど、そんな色んな感情に
気づきながら
成長中!
気づくだけでオケー
以上マル!