わたしは、よく
『ちゃんとしなきゃ』が出てきて
行動がフリーズしてしまうことがある。

 

 

『これしよう!』と思っても
『ちゃんとやらなきゃ』が出てきて

そっちに傾きすぎると

やりたかったことも


「もういいや」
「やりたくない」
「むずかしい」
「やっても意味ないかも」

 

って思って
だんだん動けなくなっていく。

 

 

 

じゃあ
『ちゃんとしなきゃ』

無視すればいい?
無くせばいい?

 

そう思ってやってみたこともあったけど

結局また出てくるし

今度は
『ちゃんとしなきゃ』をどうにかしようとして
動き出して

気づいたら
「何のために始めたんだっけ?」って
ゴールを見失う。

 

 

 

でも、最近気づいた。

『ちゃんとしなきゃ』
なくさなくていいのかもしれない。

 

 

朝と夜みたいに
男と女みたいに

どちらもあって、ひとつ。

 

 

『ちゃんとしなきゃ』が出てきたときに

「で、わたしはどうしたい?」

って聞いてみる。

 

そうすると
『ちゃんとしなきゃ』
少しだけゆるむ。

 

 

 

今、子ども部屋が
小さい頃のおもちゃや
学校のプリントであふれている。

春休みに
娘と断捨離しよう!って
意気込んでた。

 

でも

家族で生活していると
思い出がたくさん詰まっていて

「これ捨てて後悔しないかな?」って
迷うことが増えた。

 

 

片付け=どんどん捨てること

 

 

どこかでそう思っていたから

迷って捨てられないと
「あー意味ない」って思ってしまって

結局
片付けたいのに動けない
の繰り返しだった。

 

でも

『ちゃんとしなきゃ』
あるままでいいように

『迷って捨てられないもの』
あっていいのかもしれない。

 

『迷い』があるまま
片づけていく。

 

そう思えたら

春休みに娘と片づけをするのが
少し楽しみになってきた。

 

 

どっちがあってもいいって思えたら

動ける余白ができるのかもしれない。