昔、蔵が建ち並んでいた場所の今は、どうなっているのか?・・・
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簗瀬大橋付近にて
宇都宮市街地の南側「平成通り」~田川自転車道(右岸)を行く、、、
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田川(たがわ)は、栃木県日光市を源流とし、宇都宮市、下野市を流れ、同県小山市で田川放水路を経て鬼怒川に合流する一級河川。旧水路は栃木県小山市から茨城県結城市に至り鬼怒川に合流するが、現在は田川放水路の整備により河川としての実質上の合流点は小山市となっている。
(栃木県宇都宮市下河原1丁目にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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田川右岸・下水末端処理場の近く、、、
正式名称は
宇都宮市上下水道局「下河原水再生センター」と言うのだそうだ。
(栃木県宇都宮市下河原1丁目にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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田川右岸・下河原町の街並み現況
この地区の家の表札は「石戸」姓が目立つ。
この地区は昭和10年2月の時点で、
農業や草履造り、皮革業を営む10世帯53人が住んでいたらしい。
現在は電気工事・工務店関係の個人事業所が散見される。
(栃木県宇都宮市下河原1丁目にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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小さな神社が祀られている
神社名を示すモノは、何1つ存在しなかった。。。
(栃木県宇都宮市下河原1丁目にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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神社横の路地をクロスバイクで抜ける
90cm幅の細い路地で向こう側に繋がっていた。
(栃木県宇都宮市下河原1丁目にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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この地区は宇都宮城下の南東角に位置する
仙台城下における南東角の関係に、ある意味で似ているかな?
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地図判例
A:宇都宮城本丸(■本ブログ内関連記事参照)
B:下河原地区
C:一条中学校跡(■本ブログ内関連記事参照)
D:二荒山神社(■本ブログ内関連記事参照)
(宇都宮城ものしり館にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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江戸時代の想定模型で下河原地区を確認
堀(水路)を挟み西側に隣接して、米蔵が建ち並んでいたようだ。
船で田川を行き来する川湊が存在したのだろうか?
(宇都宮城ものしり館にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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堀(水路)は現存した!
平成通り東行車線歩道にて、、、
(栃木県宇都宮市御蔵町にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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現在の地図に重ねると、、、
宇都宮中河原郵便局付近が米蔵のあった場所と思われる。
(宇都宮城「まちあるき情報館」にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)
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宇都宮中河原郵便局付近(現況)
残念ながら当時を偲ぶものは、一見で確認できなかった。
(栃木県宇都宮市御蔵町にて本ブログ管理者2017.12.13撮影)