吉田「あの!!!」
ミルタックは吉田の大声に顔をあげた。
そして水底まで美しく清んだ泉のような藍色の瞳で吉田を見つめる。
吉田、ミルタックのあまりに完璧な、人間離れした古代ギリシアの彫像のような美しさに、一時、圧倒されてしまい言葉に詰まったが、やがて息を呑んで言った。
「あなたは誰ですか?なぜ、先輩のこと、知ってるんですか?」
ミルタックは吉田の質問に戸惑いの表情で答える。
「君は、誰?」
吉田、質問を返され、ムッとして、思わず答えてしまっていた。
「僕は、先輩・・・いや幸子さんの・・・彼氏です!!!」
ミルタック、わからない、と言った顔をする。
「カレシ?彼氏とは、何者なのだ??」
吉田はミルタックにバカにされているのか、と思ったが、どうやら本当にわからないらしい。
吉田はそれは都合がいいかもと、ミルタックに堂々と解説することにした。
「彼氏っていうのはね、<好きな男>っていう意味。わかる?一緒にデートしたり、手つないだり、抱き合ったり、チューするような関係、ってことなの」
ミルタックは、吉田の言葉の意味をしばらく考えていたが、やがて納得したようだった。
ミルタック「つまり、君は、姫の恋人なんだね」
吉田、そうそう、幸子が姫かどうかは?だけど、恋人って、照れるって。なかなか理解早いじゃんーと、吉田得意げに頷いた時、幸子がうーんと唸って、目を覚ました。
ミルタックぱっと嬉しそうな顔になり、そして吉田はやばいと、息を呑む。
目覚めた幸子、ミルタックの腕の中にいる自分に気がつき、目の前のミルタックが無事であると悟ると、嬉しくて思わずミルタックに抱きついた。
「良かった!生きてたんだ!私、王子があのムカデに食べられたかと心配してたんだよ!」
ミルタックは急に抱きしめられて赤くなるが、慌てて我に返ると、急いで幸子の体を離した。
幸子??という顔になる。
ミルタックは幸子を切なそうに見つめた。
「君には、彼氏がいたのだね」
「カレシ?・・・・そんなのいないけど・・・」
ミルタック、視線を吉田に向ける。
幸子、キョトンとなるが、ミルタックの視線の先を観て、絶句した。
そこには、上下ジャージ姿の吉田がバツが悪そうにして立っていた。
「吉田君!!どうしてここに、君が来てるの?!」
吉田、こっちが聞きたいっすよ!!とやり返した。
そして幸子は吉田が自分の城(自宅)に泊まろうとしてたことに激怒し、しかも彼氏とまで嘘をついてミルタックをだまそうとしたことにさらに大激怒したが、もうとり返しがつかなかった。
ああ、まさか、吉田までこの世界へ来てしまうとは。
あーよりにもよってなぜ吉田なのだ、とため息をつく幸子に吉田、ニンマリと笑う。
「ね、先輩、ここ、もしかして先輩の夢の中とかなわけ、ないですよね?」
幸子、そんな吉田にあれこれ説明するのが面倒なのでミルタックに耳打ちした。
幸子「王子、お願い、この大声バカに状況を説明してやって」
ミルタックは怪訝な顔で幸子と吉田を交互に見ているが、首を横に振り、幸子をひょいと抱き上げて、白馬に乗せた。
ミルタック「とりあえず、もう日が暮れてしまう。早く<夜明けの村>へ辿りつかねばならない。細かい話は宿で語ろうぞ」
そして、自らも颯爽と馬にまたがり、手綱を引いた。
馬、いなないて、走り出した。
吉田「おい、おいちょっと待て!!オレを置いてく気かよっ!!」
吉田、慌てて、後を追いかける。
が、ふたりを乗せた白馬はどんどんと遠ざかって行く。
吉田、くっそー!!、おれのランの日頃の成果、見せてやるっ!と息まいて、上着を脱いで肩にひっかけると、馬を追いかけて全速力で走りだした。
・・・・・そして、幸子と王子を乗せた白馬とずっと走り続けて息も絶え絶えの吉田は、夜の帳が辺りを包む頃、<夜明けの村>に着いた。
<夜明けの村>は静かで人の気配すら感じられなかった。ただ、村の入り口から中心部へと続いている道の両脇にろうそくが灯され、燃えていた。そのろうそくの炎は
どれも夜明けの空のような淡いピンク色をしていて、幸子はうっとりとその炎を見つめながら白馬に揺られていた。
その横でやっと馬に追いついた吉田がはあはあと息を吐きながら、幸子のドレスのすそをつかむ。
吉田「っはあ、先輩、ちょっと代わってくださいよ・・・オレもう、足がくがくで歩けねえ・・」
幸子「(意地悪そうに)先輩じゃなくって、姫、姫って呼びなさいよね」
吉田「っ!!なーにが、姫様だってんだ。先輩は先輩でしょーが!!!な、王子様とやら、とりあえず、どっかで休もうぜ、オレ、もう足ががくがくで・・・」
幸子「・・・ったく、ランの腕見せつけるんじゃなかったの、情けないんだから!」
吉田「ったくって、誰のせいでオレがこんなわけのわからないとこに来たと思ってるんすか!!!」
吉田、むっとして幸子につかみかかろうとする。それに応戦しようとする幸子。
ミルタック「しっ、ふたりとも静かに!」
幸子と吉田、ミルタックの声に、押し黙る。
ミルタック「この村で大きな声や音を出すことは禁物だ。<彼ら>は見た目通りにとても臆病なのだ。怒らせたら厄介だ・・・」
と、突然道の両脇からちいさな影が二人・・・いや二匹、飛び出て来た。
ミルタック、はっとして慌てて、幸子の目を両手でふさぐ。
幸子「何?!どうしたの??」
ミルタック「君がまた気絶すると、困る」
その小さな影・・・・上半身は黒いつぶらな瞳の愛らしいリスなのだが、下半身が芋虫のようにけむくじゃらの緑色の球体をしている。彼らは驚いて腰を抜かしている吉田に木の枝の先端をとがらせて作った鋭い槍と弓矢を向けていた。
二匹は、くるみの皮で出来た頑丈そうな鎧と兜をつけていた。
幸子「手をどけて、気絶なんてしないから、大丈夫だから」
ミルタック「君はあの森でオオムカデを観て、気絶してしまった。クローバーの魔法は君が気絶すると解けてしまう。君はこの世界で気絶してしまうと、元の世界へと帰ってしまうのだよ」
幸子「・・・ああ、だから、あの時・・・」
幸子、あの<恐れの森>の中でオオムカデを見て、急に夢から覚めたことを思い出し、そして、ポストの中に入っていた封筒のよつ葉のクローバーのことを思い出した。
幸子「あのクローバーでわたし、この世界へ来たの?どういうこと?あなたがあのクローバーを送ってきたの??」
ミルタック「・・・・それを話せば長くなる。とりあえず、今、ここで約束してもらえないだろうか。・・・この先、君の前にどんな恐ろしい化け物や出来事が起きたとしても、決して気絶だけはしないと、誓ってほしい」
幸子はあの思い出しただけで全身に鳥肌が立つような形相をしていたオオムカデのことを一瞬思い、あれより恐ろしいのがでてきても、約束守れるかな・・・と思いながらも、ミルタックに「この先何を観ても気絶しない」ことを誓った。
ミルタックはそっと、幸子の両目から手を離した。
幸子は、目の前に立っている愛らしいリス・・・いや下半身の芋虫の球体に一瞬
くらっと来たが、気絶だけはしまいとぎゅっと気を張ってこらえた。
幸子、ミルタックに言う。
幸子「ね、もう平気でしょ?」
ミルタック、ほっとした顔で嬉しそうに微笑んだ。
「良かった、これでもう君と離れ離れにならずにいられるね」
その微笑みに思わずうっとりとした幸子の耳に、吉田の悲鳴が聞こえた。
見ると、吉田がリスの芋虫達に槍の先でお尻をつんつんとされて追いかけまわされて
いた。
その様子がおかしくて、幸子は思わず笑ってしまう。
ミルタック「やめるのだ!!」
その威厳のある声に、リス芋虫達は動きをやめ、ミルタックを見た。
そして、声の主がミルタックであるのに気がつくと、飛び上がって、慌てて地面にひれ伏した。
ミルタックは二匹に近寄って、そっと二匹の頭に優しく触れた。
ミルタック「頭をあげなさい」
まるで骸骨みたいにやせた方のリス芋虫が震えながら言った。
「ああ、王子様!!殿下の御前でとんだご無礼を、どうかお許し下さい!!」
まるででっぷり肥った雪だるまのような方のリス芋虫も震えながら言った。
「またあの魔女が戻って来たのかと思いまして・・取り乱してしまいました!!どうぞ首をはねることだけはご勘弁を!!」
ミルタック「魔女・・・・紫の魔女が、この村に来たというのか?!」
やせたリス芋虫が言う。
「はい、抵抗するもの達はことごとく首をはねられ・・・残りのものはみなこのような奇妙なリスの姿に・・・」
ミルタック「・・・・そうか、なんて酷い・・・」
二匹の目に悔し涙が浮かんだ。
ミルタック「君たち、名前は?」
二匹即座に答える。
やせたリスが得意げに答える。
「わたくしは、槍の名手、ケンケンにございます」
ずんぐりと太ったリスがこれまたさらに得意げに答える。
「わたくしは、弓矢の名手、カンカンにございます」
と、二匹、同時にお互いを見やり、おれの方が名手だともめ始めた。
ミルタック「では、槍の名手と弓矢の名手、ケンケンとカンカンよ、今夜この村に宿とりたいのだが、村長に話を通してはもらえぬだろうか?」
ケンケンとカンカンは、喧嘩を止め、うやうやしく、お辞儀をしていった。
「もちろんにございます、いとも麗しき我が国の王子、プリンスオブミルタック様!!
わが村にようこそおいでくださいました」
・・・・・時は経ち、村長の家で急きょ開かれた宴はおおいに盛り上がっていた。リス芋虫達は自らの悲劇を忘れたように、音楽に浮かれて踊りまわった。
幸子と吉田の前には大量のごちそうが並べられ、どれも嗅いだことのないような香ばしい香りで食欲をかきたてた。
吉田は空腹に我慢できず、ごちそうにむしゃぶりついている。
幸子も、目の前であたたかい湯気の立っているスープを飲もうとするが、ふとミルタックの方に視線をやった。
ミルタックは少し離れた席で村長であろう老いたリス芋虫と何かを話しているようだった。
幸子、気にはなったが目の前のスープをよそいはじめた。
ミルタックは村長の言葉に耳を疑った。
ミルタック「なんと、伝説の姫とは違うというのか?!」
村長「そうでございます。伝説では確か、クローバーの魔法によって異界からこの世界を救ってくださる姫は、あのような肌色に黒髪ではなく、白い肌に蒼い目、金色の髪を持つ背の高い姫のはずでございます。・・・・ほんとうにあの姫でございましょうか・・・」
ミルタック「この村に<紫の魔女の伝説>を書いた本はあるか?」
村長はうなずくと、一冊の古ぼけた本を王子に手渡す。
村長「村の者たちがこのような醜い姿に変えられてしまいわたくしは王子様のご到着を待っておりました。その本には、わが村に危機が訪れし時、王子様と「白い肌に金色の髪を持つ姫」の力によって、村は救われると、書かれております」
ミルタック「・・・・確かに、そう書いてあるが・・・おかしい。わが王室に伝わる本にはこのような記載はなかったような気がするが」
村長「王子様、あの姫様・・・いやあの娘は偽物なのではないでしょうか?」
ミルタック「なにを申すのじゃ・・・」
村長「それが証拠に、若い男まで連れてきております。・・・・あの娘、偽物ではないかと・・・伝説に便乗して王子様をだまそうとしているのでは・・・」
ミルタック、まさかといった顔で思案する。
村長は頭を抱えたミルタックに酒をすすめた。
村長、そんなミルタックにささやく。
村長「王子様、ひとつ提案がございます」
ミルタック「なんだ」
村長「あの娘が本当に<伝説の姫>どうか、確かめてみてはいかがかと」
ミルタック、顔を上げる。
村長「わが村の宝<魔法の井戸>の水をあの娘のスープに入れました」
ミルタック「その水とは?」
村長「<真実を暴く>力を持つ水にございます。その水を一口飲めば、どんなに口の堅い罪人でも即座に真実を口から語り出してしまうのでございます。もし、あの娘が偽物ならば、偽った罪がばれてしまうでしょう。でも・・・もし、本物の姫であるならば・・・」
ミルタック「ならば、どうなるのじゃ」
村長「即座に・・・・命を落としまする!!!」
ミルタック、驚いて、村長を見つめた。
村長、不敵な笑みを浮かべた。
ミルタック、その瞬間、村長が魔女の手先と堕ちたことを悟り、幸子を見た。
幸子は今まさに、その毒入りのスープを飲もうとしていた!!!
ミルタック、すばやく剣を抜くと、幸子にめがけて剣を飛ばした。
剣は空を切ってくるくると回り、幸子が今にも口をつけようとしている目の前の食卓の
上に突き刺さった。
しかし・・・剣が突き刺さったのと、幸子がスープを呑んだのは同時だった。
ミルタック「っつ!!遅かったか!!!」
幸子、スープをごくりと飲み、そして、苦しげな表情になる。
吉田、幸子の異変に気がついて、顔色を変える。
吉田「先輩?!どうしたんすか?!」
今まで楽しそうに飲み踊っていた村長と村人達が歌い踊るのをやめ、一斉に邪悪な歓声をあげた。
「紫の魔女様、ばんざい!!!ばんざい!!!」
<続>
と、ここまで読んでくださって本当にありがとうございます

今回も物語はまた次回の展開へと続くことにいたしますね♪
では、皆さんも今宵も素敵な秋の夜長をお楽しみくださいね