先日、友達に頼まれて

通訳兼付き添いをした。

 

最初は、軽く引き受けたのだけど、

 

結果的には、

 

長い時間、あっちに行ったりこっちに行ったり、

何度も立ち止まって、考えて、

悩んで、決めて、止めて・・・

を繰り返す彼女に付き合って、

 

自分の予定をキャンセルしたり、

時間を動かしたり、

予定をその場で変更したり、

 

家族の予定も変更させることになってしまった。

 

私は、ここ数ヶ月、

ただでさえ忙しくて、旦那との時間がなかったのに、

さらに長い時間振り回されたことで、

旦那と軽くこじれた、汗。

 

 

 

でも、

 

彼女と一緒に、あちこち回ってるときも、

悩んで、決めかねてるときも、

やっぱり止めた、と言って、

何もしないことになっても、

私の言葉を信じなくても、

 

私は、全然イライラしなかった。

 

ただ淡々と、彼女に寄り添っていた。

 

 

自分でも、不思議だなーーと思いつつ・・・

 

 

迷惑をかけた人たちには、

本当に申し訳なかったし、

快く許してくれたことに、感謝した。

 

 

でも、そんな彼女に対して、

イライラしたり、

我慢したり、ということはなかった。

 

 

 

ふと、考えた。

 

 

私は、偽善者なんだろうか?

 

 

 

なんか、すごく人助けしてるみたいだけど、

普通に見たら、なんでそこまでする?

もしくは、そこまでできる?

と、思うかもしれない。

 

どこでラインを引けばいいのだろうか?

 

 

全く苦になってなかったのと、

調整ができて、物理的に可能だったのと、

ただ、彼女が一人で苦しんでるのが分かったから、

 

昔、自分がそうして欲しかったように、

そばにいてあげたかった。

 

 

でも、こういうのを偽善というんだろうか?

 

偽善の意味もよく分かってないみたいだ。

 

 

 

 

そして昨日、ブラジル人のおばさんのうちに行った。

なんとなく、話の流れで、

友達とのことを話した。

 

 

彼女は、一体何回驚いたのだろうか。

何回、イライラしたのだろうか。

 

淡々と話す私の横で、

顔がゆがんでいた、笑。

 

 

 

「私なら、絶対に耐えられない。

もう次に手伝うことはないし、

そんなのに、付き合ってられない。」

と言った。

 

 

 

やっぱり、そうだよねぇ。

普通、そう思うよねぇ。

 

 

 

私は、偽善者なんだろうか?

 

 

 

 

 

今日、サンパウロに行く電車の中でも、

考え続けていた。

 

 

 

そして、思い出した。

 

 

昔々、私がブラジルに来て、

一人ぼっちだった頃、

言葉も分からず、

子供も小さくて、

知り合いもいないうえに、

義家族とも、あまり関係がよくなかった。

 

あの頃、私を支えてくれた人がいたんじゃないか。

 

 

もうよく覚えてないけれど、

誰かに支えられて、

その辛い時期を通り過ぎることができた。

 

そして、今ここにいる。

 

それも、とても元気だ。

 

 

 

もちろん、状況も環境も全く違うけど、

一人ぼっちで苦しんだことがあるから、

彼女の気持ちが分かる気がした。

 

でも、助けてるつもりはなくて、

ただ、彼女が自分で立っていられるように、

そばにいてあげようと思っただけ。

 

きっと、彼女なら大丈夫、

だから、一人じゃないよ、

と伝えたかっただけ。

 

 

きっと、そうやって、

昔々、一人ぼっちで苦しんでいた私を

見守ってくれた人がいたはず。

 

 

 

だから、今は、

いつかの誰かに、恩返しをしてるんだなーと思った。

 

 

 

だから、きっと

これは偽善とは言わないだろうなー。

 

 

 

 

 

「そうやって、いい影響が

世の中に回っていくんだね。」

 

と、彼女は言った。

 

 

 

うん、そうかもしれない。

 

 

次にまわせる日が来て、

良かった。

 

 

 

 

 

今日も、ありがとうございます。