沖縄音楽には、
琉球古典音楽と、民謡がある。
古典も民謡も、それぞれ、琴、三線、踊りがある。
でも、ブラジルでは琴は古典のみで、
民謡は教える人がいないらしい。
一昔前は、何十人もの若い人たちが、
琴を習っていたらしいけど、
今はたぶん平均年齢7-80代で、
数もずいぶん減ったそうだし、若い人も少ない。
三線のほうは、古典と民謡があって、
古典はやっぱり、
たぶん7-80代のおじいちゃんばかりで、
民謡を始めてから、
初めて、三線と踊りには若い子達が
それなりの数いるんだ、ということを知った。
実は、私は、
この高齢層の中にいる自分に、
「これでいいのか?」
という、なんか場違い的な感覚と、
私がいたいのは、こんな地味なところじゃない、
という半ば差別的な感覚があった。
だから、イベントに出ても、
ゆっくり観賞して楽しむというよりは、
時間を無駄にしてるんじゃないか?とか、
こんなところで、何やってるんだろう、という思いで、
時間が終わったら、さっさと帰りたかったし、
実際に帰っていた。
今思うと、本当は自分でどうしたいのか、
見たいのか見たくないのか、
面白いのか、面白くないのか、
わかってなかったんだと思う。
うちの旦那は子供の頃から
お義母さんの踊りの稽古に付き合わされて、
すっかり沖縄芸能が嫌いになってしまった。
だから、イベントはもちろん一人で行くし、
そんな話もしない。
そして、イベントのせいで、
家族の休日が潰れることに
罪悪感まで感じていた。
だから、これを好んで楽しむことは、
いけないんじゃないかとか、
ダサいことなんじゃないか?とか、
なんか、素直に直視できないでいたんだと思う。
でも、あるイベントのときに、
群星”(むりぶし)という雑誌をいただいた。
それは、同じ琴の先生に習っている、
70歳の先輩が編集に関わったそうで、
沖縄の移民の先人の話や戦争の話などを掲載したものだった。
それを、涙しながら一気に読んだ。
それからなんだろうか。
今、こうしてブラジルにある日系社会や
日系人たちの作ってきた種類豊富な野菜があること、
日本人への信用を勝ち取ってきたこと、
日本人の居場所があること、
今、存在している子孫たちまで、
命をつないできてくださったこと、
なんだか急に、
先人に対する感謝の念が沸いた。
そして、今の高齢者の方々は、
当時の若者であり、
先人のつないだバトンを
今の世代に渡してくれた人である。
そういう存在なんだと、見るようになった。
そしたら、一人ひとりの中に、
その各人の背景にある歴史や、
これからの若い人たちに対する思いや、
沖縄文化への思いなどが、見えてきて、
そんな人たちと一緒に過ごす時間が
とても貴重なものに思えてきた。
そして、今はご高齢の方々が、
一昔前は、自分と同じように
子供時代を過ごし、
苦労して子育てをし、
今の自分と同じ年代を通って、
現在に至るということ
今、ちょうど中間地点だからだろうか。
過去と未来を見て、
沖縄人と日系移民と、
今の日系の血を受け継ぐ世代と、
共に生きる私たちと、
よそ者の私と・・・
自分の在り方を、
改めて考え直すきっかけとなった。
今日も最後まで、ありがとうございます。