来年の2月で、ブラジルに来てから丸9年になる。

 

旦那に出会った頃は、

オブリガードどころか、

彼は初めて会ったブラジル人だったし、

ブラジルがどこにあるのかさえ、

いまいちわかってなかった。

 

ブラジルに行く前、

日本で本を買ったり、借りたりして

ポルトガル語を勉強し始めた。

 

でも、やっとボンジーアがわかるくらいのレベル。

 

ブラジルに初めて来たときも、

ほとんどしゃべれないし、分からなかった。

 

 

こっちに移住したとき、

ブラジルポルトガル語の教科書を持参した。

 

そして、一回目のブラジル訪問の際に持参して、

お義母さんにあげたポルトガル語の本が戻ってきて

2冊になった。

 

 

 

最初の6ヶ月は、

義実家にお世話になっていたのだけど、

 

日本語がまあまあ分かるのは、

旦那だけだった。

 

そして、二人のお義姉さんたちは、

英語で話してくれた。

 

 

10ヶ月の息子と一緒だったこと、

みんなの会話が分からず、

一緒にいても、全く入れなかったこと、

普段は一人ぼっちで息子と家にいるしかなかったこと、

 

出かけるのは、必ず誰かと一緒で、

せいぜい、スーパーかフェイラだったこと、

 

 

そんな環境だったので、

6ヶ月間は、ひたすら部屋に閉じこもって、

単語を覚えたり、

教科書を写したりしていた。

 

 

とても、孤独だった。

 

 

ご飯のときに、みんなが一斉に笑う。

でも、自分だけ何が面白いのか分からず、

黙々とご飯を食べている。

 

とても、居心地が悪かった。

 

 

というわけで、最初の6ヶ月は、

言葉がしゃべれなかったのはもちろん、

お金も自分で使ったことがなかったので、

どんなお金があるのかさえ知らなかった。

 

 

 

ブラジルに移住してから、

6ヵ月後、今のうちを借りて、

家族3人で引っ越した。

 

 

義実家から車で約15分。

 

旦那も義家族も、あまり知らない地区だった。

 

 

でも、同居の6ヶ月間で色々あって、

どこでもいいから、家族3人だけで

自由に暮らせるということが、

本当に嬉しかった。

 

 

 

でも当時、旦那は

なんだか色々と仕事をしていて、

忙しいときは、土日も合わせて、

5個くらいの仕事を掛け持ちしていたと思う。

 

もちろん夜勤もあったし、

朝も、昼間もいないし、

夜も遅かった。

 

 

 

そして、1歳の息子は

今もそうなのだけど、

とにかくじっとしてない子だった。

 

家の中にいたら、

なぜか、何もしてなくても

勝手に転んだり、ぶったりして、

怪我をして、泣いてる。

 

 

だから、毎日抱っこ紐に入れて、

近所から、公園、商店街、フェイラ、

ちょっと遠いスーパーまで、と

2時間くらい、散歩する毎日だった。

 

ちょうど夏前に引っ越したので、

直射日光がこれでもかっていう位暑くて、

最初に散歩に行った日、

帰りの坂道がめちゃきつかったのを覚えている。

 

 

 

ポルトガル語も分からず、

お金の数え方も知らず、

友達もゼロ、

頼れる人もいない、

隣の人も知らない。

 

旦那もいない。

 

そんな中で、

毎日、息子を抱っこして歩く度、

誰かが話しかけてきた。

 

フェイラに行く途中、横を見ると、

誰かが一緒に歩いていて、話かけてきた。

 

公園でも、お店でも、路上でも・・・

 

でも、その度に、

分からないことは、聞き返して、

何度も説明してもらったり、

 

知らない単語は、覚えておいて、

帰ったらすぐに、

辞書を引くか、旦那に聞いていた。

 

 

 

そのうち、

1人称と3人称の動詞の語尾の違い、

過去、現在、未来の動詞の変化が

なんとなく分かってきた。

 

 

そして、よく

「どうしてここにいるの?」とか、

「ブラジルはどう?」とか、

「日本の家族のこと」とか、

「旦那のこと」とか、聞かれたので、

 

今度聞かれたら、なんて言おう・・・

と、考えながら歩くうちに、

 

歩きながら、何度も何度も、

 

想定した会話を頭の中で繰り返した。

 

そして、分からない単語があれば、

辞書を引くか、旦那に聞く

を繰り返した。

 

 

 

 

最初のうちは、

テレビニュースの見出しを見ながら、

分からない言葉を調べて勉強していたけど、

 

あまりにもろくでもないニューズばかりで、

あまり聞きたくない単語ばかりが並び、

 

見ているうちに、外出するのが怖くなったので、

テレビを見るのをやめた。

 

 

そんなことを、2年くらい続けているうちに、

子供を病院に連れて行ったり、

学校の保護者会に出たり、

 

買い物一人で行ったり、

近所づきあいや、お友達ができたり、

 

 

教科書も途中で開かなくなったまま、

独学でポルトガル語を覚えていった。

 

 

 

それでも、最初の2-3年は、

全然まだまだだったなぁと思う。

 

 

病院で、「3年もいるのに、

ポルトガル語がその程度しか分からないの?」

と言われて、

悔しい思いをすることもあった。

 

 

 

その後、旦那の協力を得て、

サントスのアートマーケットで屋台を出すことになった。

 

やっぱり、今思えば

ポルトガル語はまだまだで、

通じないことも、多々あったんじゃないかと思う。

 

それでも、マーケットの時間は

子供を旦那に見てもらって、

一人で屋台に残った。

 

夏の海シーズンは、

めちゃくちゃ暑かった。

そして、ものすごい数のお客さんだった。

 

それをひとりで何とかこなした。

3年くらい続けて、

 

旦那が土日の仕事を始めたのと、

自分自身が、ものづくりに飽きてしまったので、

辞めた。

 

 

 

そんなこんなで、

気づいたら、8-9年くらい経っていたのだけど、

最近、自分でも、

ポルトガル語がスラスラ出てくるなーと思う。

 

ワッツアップでメールを始めてから、

単語のスペルに注意を払うようになったし、

相手のメールを読むのも勉強になって、

慣れたなーと思う。

 

 

最近は、ポルトガル語でものを考えたり、

話したり、聞いたりするのが、

あまりにも当たり前で、

自分では無意識だし、

頭で考えていないので、

 

よっぽど意識しておかないと、

自分が何語をしゃべってるのか、

分からないし、

 

日本語の分かる人と分からない人で、

言葉を使い分けてるのだけど、

それも、逆になってたりする。

 

 

 

 

昨日、知る会の旅行係企画で、

ブラジル料理教室があった。

 

ブラジル料理教室自体は3回目だったからか、

それほど緊張することもなく、

 

通訳も、説明も、割とスムーズに進んだ、と思う。

 

 

そして、最後に参加者の先輩に言われた。

「すごくポルトガル語が上手で、カッコよかったよー」と。

 

 

ポルトガル語とを話すことも、訳すことも、

あまりにも当たり前の感覚だったので、

ものすごくびっくりした。

 

そして、全然ぴんと来なかった。

「かっこよく見えてたんだー」と思った。

 

 

 

実は、一昔前、

オーストラリアから帰ってきたばかりの頃とか、

旦那と英語で会話していたときとか、

 

そんなつもりはない、と

自分に言い聞かせながらも、

どこかで、英語をしゃべっている自分が

かっこいい!的な感覚があったと思う。

 

全然たいしたことないのに、笑。

 

日本にいたから、

旦那が外国人だっていうことも、

意識してしてたんだろう、と思う。

 

 

 

 

 

 

そして、今日は、

友達に頼まれて、病院の通訳で付き添った。

 

病院って、普段行かない場所だし、

普段使わない言葉がたくさんあるから、

あまり自信はなかったのだけど、

 

いつもの、

自分の知ってる言葉でなんとかするやり方で

なんとかなった、笑。

 

 

でも、ポルトガル語を話すことは、

やっぱり自分的にはいつも通りだったし、

それよりも、普段使わない、

知らない言葉が沢山だなーと思っていた。

 

 

 

その夜、友達がメールをくれた。

「ポルトガル語が上手で、

すごくかっこよかったよー」と。

 

 

お世辞の決まり文句なのだろうか、笑。

 

やっぱり、びっくりして、

かっこよく見えるのかー、と思った。

 

 

 

今は、英語のときのように、

何語をしゃべってるという感覚がなくて、

あまりにも馴染んでいるので、

 

自分で何語をしゃべってる!という自覚がない。

 

 

 

でも、そういってもらったことで、

今更だけど、

なんだか結構しゃべれるようになったなー、と

 

自分でも改めて気づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後まで、聞いてくださってありがとうございました。