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五十路は人生半ばなり

2014年7月に好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(アレルギー性肉芽腫性血管炎、チャーグ・ストラウス症候群)という難病を発症。
退院後4カ月でプレドニンの処方も0mgになり、現在はほぼ健康人と同じ生活。あたふたと再起のための仕事の準備を進めている。

プレドニン再会(再開)と変換されて「これでもいいような」と思った次第だが、喘息の治療で通い始めた近くの国立病院の内科医の判断で、プレドニンの投与が再開されることになった。「あまり使いたくないですか?」と聞かれ「正直言うと、あまり使いたくないです」と答えたが、医師によると「私は好酸球が10%以上あるのにプレドニンを中断したのは間違いだと思います」と非常にハッキリと所見を説明してくれた。現に喘息が出てきているし、今のまま好酸球を減らさずに治療を続けていても治ることはない。「やせ我慢しながら生きているようなものです」と・・・なんかこの医師を好きになった。

最低ラインの5%からプレドニンを始めることになり「ところで」と説明されたのが、ステロイドによる骨粗しょう症の臨床研究への参加。骨粗しょう症を予防する薬は現在2種類が発売されているが、それの実効性の確認と投与方法の検証を行う試みがあるそうで、プレドニンを投与される患者を全国で300人募って、2つのグループに分けて臨床研究を行うのだそうだ。まさかそのためにプレドニンを・・・と疑う気持ちがなかったわけではなく、3年間にわたる研究ということもあって「研究のためにプレドニンが長引くことが心配」と正直に話してみた。愚かな質問であったろうが「必要ない薬をダラダラ投与することはありません」と当然ながらの答えで、これは信用するしかないわけだ。報酬としては毎回の検査のときに1,000円分のクオカードがもらえるのだとか。しかし費用はこちら持ちということだから、得なのか損なのか解らない。妻に相談すると、国立病院の内科医長が掛かり付けの医師になるようなものだから、良かったじゃないですか・・・と。なるほど、そういうことなのか。

久々のプレドニン。前はプレドニンだったが今回はプレドニゾロン錠のため、あまり懐かしい感じはしない。同じように小さな錠剤だが、褐色のプレドニン錠よりは喉に引っかかりにくいように感じる。現在の好酸球は9.5%(白血球7500)喘息の吸入薬にステロイドが含まれているため、プレドニンが0になって以来の最も低い数値だが、これが次回の検査ではどれくらい下がるだろうか。
喘息様の症状が出ていたので先月近くの総合病院を受診したが、適当な検査だけで「風邪でしょう」ということだった。それから一カ月、もちろんもらった薬は効かないし症状も悪化して、ちょっとの運動で息切れと動悸、体重減少などの心配な症状も出てきたため、市内の国立病院に行ってみることにした。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症で入院した国立病院とはまた違う病院で、こちらは元陸軍病院だったところで整形外科とリハビリがメインになっている。そのために地元でも敬遠する傾向がある「ちょっと普通と違う病院」なのだが、調べてみると内科もささやかながら併設していて内科医長が呼吸器学会の専門医だということが解った。

病院の建物は古く敷地にはうっそうと木立が生い茂り、なるほど陸軍病院という感じなのだが、中は老朽化が目立つものの普通の病院だ。隣町の国立病院が非常に近代化されているのに対して前時代的なシステムで、昔の市役所を思い出した。予約無しで入ったのが逆に幸いして、予約診療が始まる前のトップに診察の時間を取ってくれた。さすがは国立病院だなあと感じたのだが、とにかく徹底的に検査をしてくれる。医師が優秀なのが解る。質問の内容が的確で、頭の中で色々な方向性を吟味しながら進路を見出そうとしているのが感じられて小気味が良い。

地元の駄目な総合病院などでは、医師が患者の言うことの中から都合の良い部分だけ取り出して不都合な部分は切り捨てようとするような雰囲気を感じて嫌になることがある。それが全く無くてインプットしたデータを全て受け入れて判断しようとしてくれる。患者にとって、これほど有り難いことはない。血液検査、尿検査、心電図、肺活量、レントゲンとひと通りの検査を済ませた結果「検査の結果はどれも喘息の特徴を示しています」ということになった。その後にもカルテに書き込みながらふと手を止めて考えるようなしぐさを見せたと思うと、看護士を呼んで血液の残りから追加の検査をするように指示したりしている。なんか原因を突き止めようという熱意のようなものが伝わってきて、患者としてはとても嬉しいのだ。

一週間分の薬を処方してもらって服用の注意点を聞き、翌週にまた受診することになった。心理的な効果も有るのかも知れないが、薬を服用すると苦しかった喘息症状も嘘のように治まり、夜もしっかり眠れるようになった。やはり医者はこうでなくちゃいけない。

ちなみに血液検査の結果は炎症を示すCRPが0.52と少し高く、白血球8800、好酸球13.9%。好酸球性多発血管炎性肉芽腫症が治癒して、今度は喘息患者になったような感じだ。
もうすぐ12月、早いものだ。去年の今頃はまだ杖をついて歩いていたんだっけと思い出し、気になってブログを遡ってみた。こういうときはブログなんていうものも便利かも知れない。自分のパソコンだったりするとアップデートでファイルが開けなくなったり、パソコンを買い替えたときに必要ないと思ったものは移行せずに捨ててしまったりするが、Web上のログはいつまでも残っている。

このブログを始めたのも去年の12月からだった。「最近は杖なしでも階段を上がれるようになってきた」と書かれているから、退院後3カ月でかなり順調に急速に回復していたわけだ。それでいながら当時の私としては、他の同じ病気の方々のブログから「そんなに簡単に治るわけはない」という覚悟も決めていたようで、再発を危ぶみ完治の夢を見ないようにと自分を戒めていた。

プレドニンがゼロになったのが今年の1月からだから、もうすぐ1年。なんともあっさり治ってしまったことになる。他の方々がプレドニンの長期投与で苦労されているのに、自分だけが「治った」と喜ぶのも申し訳ないと思う気持ちがある反面、すんなりと治る例もあるのだということは少ない例なのだろうが発信する必要性も感じている。絶対に治らない病気というわけではありませんよということだ。

私が好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(チャーグ・ストラウス症候群、アレルギー性肉芽腫性血管炎)であったことは、恐らく間違いないだろう。筋生検の結果も出ているし、東京都からも難病の医療券が交付されている。比較的軽症の内に治療が開始されたという幸運はあったかも知れない。信頼できない病院に早期に見切りをつけて転院を申し出たのが、功を奏したと言えるだろう。転院時の白血球2万、好酸球50%は一つの目安になるかも知れないが、病気ほど個人差が大きいものはないからデータとしての価値は微々たるものだ。

完治したとは言っても、健康かと言われると少々の不安もある。突然の動悸というものがあるし、最近は喘息様の症状にも悩まされている。血圧も上がり気味になってきているから、動悸は血圧と関係しているのかも知れない。特に食後や外出のあとなどに強い動悸を感じることが多いから、血圧が上がることによって心臓の拍動が強く感じられるということなのかも知れないと考えている。

喘息様の症状は困ったもので、夜間・・・就寝後の午前2時前後に起ることが多い。つい咳き込んでしまうとたちまち気管が狭くなり、喘鳴が起る。それでも寝られれば良いのだが、咳の発作が始まると寝てもいられない。諦めてそのまま起床してしまうことも多いから、寝不足気味だ。

先日の検査では好酸球14.9%で白血球数は7170だから、好酸球数が1068・・・「様子を見ましょう」と言われるのが落ちな曖昧な数値だ。くすぶってますよという感じなのだろうか。しかしプレドニンを服用しているわけではないから、自力でこの数値なら特に不安を感じるほどでもないのは確かだ。

先日の受診はこの喘息様の症状の改善が目的だったが、やはり駄目な病院は駄目で、血液検査もこちらから強く希望してやってもらったくらいだから、問診もろくになしレントゲンも撮らない、肺活量を計るでもない。薬だけ出してお終いだが、案の定その薬は効かない。しかたなく市販のブロン液を買って飲んでいるが、こちらのほうが良く効くくらいだ。予防医学という言葉は、この病院にはないのだろう。

症状が悪化するようなら別の病院に行ってみようと思っているが、ずっと悩まされていた関節痛もすっかり治ったりしているので喘息も一つの通過点かも知れないと、楽観している部分もある。