縮図
天気予報では、晴とのことでしたが、どうも曇天の空を見ますと、本当に晴れるのかな?という感じですが、蒸し暑さは相変わらずです。
さて、水、木曜日と大学の先輩の葬儀でお手伝いをさせて頂いたのですが、この葬儀の場というのは、ある意味で故人の人間関係の縮図であるかもしれないという思いを強くしました。
葬儀を通し故人の人間関係や人脈といったものが透けて見えるように思います。ちなみに私は受付の後方でお手伝いというより邪魔をしているに等しい状況でしたが、御陰さまで弔問客を第三者的に観察することができました。
しかし、色々な方がいますね。以外に多かったのが、香典袋の中身が入っていない方で、おそらく奥様に依頼したはずが、といったうっかり忘れのようです。以外と、家のことは全て奥様に任せっきりといったタイプの方多いようですね。
それから香典は無く記帳だけをする方もいましたね。その中の一名は、葬儀自体を知らず、たまたま偶然に親族のお墓参りに来た際に、自分の知人の葬儀を知ったということで、本当に普段着のままで記帳とご焼香だけされて帰られました。偶然とは言え何かしら強い結びつきの運命を感じる出来事でした。
しかし、面識もあり知人であり、勿論同じ組織の仲間でもありながら、喪服を着て記帳とご焼香だけの方の感性はちょっと、私には計り知れないものを感じました。経済的に厳しいとも聞いていませんし、万が一私が経済的に厳しく香典も出せないとなると、果たしてどうするか?おそらく欠席し、自宅で一人静かに手を合わせ、ご冥福を祈るという行動をすると思います。
私は告別式ではお焼香後、帰ってしまい出棺まで立ち会う事ができませんでしたが、出棺迄立ち会った方から聞いたのですが、本来慣例である葬儀委員長として弔辞を読む立場の方が、何故だか交通整理を自らやるという奇特さは認めますが、立場上本来やるべき事を最優先するべきだと思いますが、残念ながらどうもそちらは、おろそかにしてしまったらしいという報告を受けました。
しかしながら、故人は気さくな人柄でゴルフや野球を趣味にしていましたので、そちらの方面での人間関係も多く、色々ありましたが、多種多様な弔問客で溢れた立派な葬儀でした。