--The Corrections Museum--


大衆食堂でハラを満たした暑苦しい男4人は次に拷問博物館 を目指した。

拷問なんかにゃ興味はないが、拷問の博物館となれば日本では中々見られたもんじゃあない。

と、わさわさ乗り込む事にしたのだ。

入場は基本的には無料(寄付は必要)なのもまた魅力的だ。

こんだけ物価が安い国でも払わないにこしたことはないのだ。



んなわけで、タクシー代も払わずに徒歩にて拷問博物館に向かった。

何を隠そう手持ちが尽きそうなのだ。今まで散々ジャパンマネーの強さを説いてきてコレだ。

無料の博物館に徒歩で向かう。日本でもタイでも金が無い事には変わりない。

どれだけ物価が低かろうが、無銭は万国共通だ。


門をくぐり建物の中に入ると数々の拷問(と、いうより処刑)の様子を模した模型が並んでいる。

 

絶対拷問じゃなく処刑                          銃殺刑かな?


なんとも趣味が悪く気持ち悪い博物館だ。

処刑や拷問の様子を展示する事になんの意味があるというのだろう・・・


非人道的な処刑をしてた事はわかった


なんだかすこーし陰気になってしまった・・・

そして建物の外にでると

なんすかコレ


トゲが無数に打ち付けられている樽状のなにかがある。

まさか、これに人を入れて転がしてたのか?

中世の拷問器具アイアンメイデン もびっくりだ!



しかし、もっとびっくりなのはアイアンメイデンが虚構の拷問具であるという事


そんな拷問具を見てさらいや~な気分になり案内の後を付いて行くと、今度は牢屋に案内された。

どうやらその建物は元々は本当に囚人を収容していたものらしい。

中に入れと言われ、言われるままに入ると扉はガシャーンと閉じられた。

これは、本当に気が滅入った。囚人の気持ちも少しわかった気がする。


熱風が吹き込む暖かい牢屋を見てまわると、部屋ごとにさまざまな拷問具が・・・


魚の気持ちがわかりそう・・・でも、まぐろくいてえ



人を入れて象に蹴らすそうだ。普通に死ぬと思う


これは動けないだけで比較的楽そう。この痕なにかされるんだろうか?

見てるだけでこめかみが痛くなる


幼き頃オレは東京タワーの蝋人形を見て、毎晩毎晩夢でうなされた。

そんなトラウマを呼びおこすには十分すぎる博物館だった。

当然、悪趣味ではあるが同じタイにある死体博物館 よりはきっとマシだろう。


海外旅行で嫌な気分になりたい人にはぜひともお勧めの博物館だった。

でも、探してみたら海外ってこういう博物館いっぱいある のね。

世界は確実にいい方向に向かってる気がする。

--カオナーペット--


カオサンですっきりしたオレらは再びタクシーに乗り込み

次なる目的地「The Corrections Museum」 に向かう事にした。

しかし、人間の体ってのはずいぶんと簡単にできてるようで

出すもの出したらどうにもハラが減ってきた。

日本にいる時にオレがよく食べるタイ料理と言ったらなんといってもガイヤーン だ。

これがまた、パリっとした皮にスパイスがしみこんでてうまいうまい。

日本の焼き鳥やケンタッキーなんざあほらしくなるうまさなのだ。

しかし、残念な事に本国タイについてから未だガイヤーンを食していない。

これはなんとしても食さねば!

小腹がすいたのをいい機会とばかりにガイヤーンを販売する屋台を探す。


探して5分もしないうちにそれらしきもの発見!

中華街とかでよく見る光景


おお!なんだか店先にそれらしきものがぶら下がってるじゃねーか!

これをビール片手にお行儀悪く手でかぶりついたらさぞかしうまい事だろう!

と、いう事でさっそく中へ

チープな大衆食堂といった感じか?日本人はいないし、日本語も通じない


席に着きメニューを開く。

まったく読めねぇ・・・

英語のメニューがあればまだ少しはマシなんだろうがそれすらもない。

まったくなんだかわからんでキョドキョドとしてると店員が席に近づいてきて

「Duck Duck OK?」

と、言ってくる。

ん?オレはガイヤーンが頼みたいんだが?

アヒルとか別に食べたくな・・・・

あー!!!

そういう事か!吊るしてあったのはアヒルだったのね!

そういえば中華街も北京ダックとか吊るしてあるもんな、納得。

しかしまぁ、せっかく入ったんだし、そのダックを頼んで見るかと指差し注文。

で、出てきたのがこんなの。

一見カオマンガイに見えるが鶏ではなく、アヒル


どうやらカオナーペットという料理らしい。

カオマンガイ のようなあっさり感はないが、こってりとしたタレにゴハンがよく合いうまい。

そしてプルプル、シコシコとしたアヒルの肉のうまいこと!

前にも書いた がタイ米は実は結構うまい。

日本のねっとりとした感触になれてしまっている我々には馴染みが無いだけで

全然問題無く食べれる、むしろうまい。

牛丼やチャーハンなんかはタイ米の方がうまくできるんじゃないか?

よくカレーに合うなどと言われたけれど、日本のカレーには合わないと思う。


あっというまに平らげて清算したら45バーツ(135円)。

飲み物ついてこれだからたまらない。

日本で食べると飲み物をつけて1500円とするだろう。


しかしながら安い食事に満足したオレは、結局この旅で好物のガイヤーンを食べる事ができなかった。

ああ、食べておけばよかったなぁ、ガイヤーン。


ここを見ている料理人が2人ほどいるのは知っているので

なんならオレの為に作ってくれてもいいですよ。

ガイヤーンのレシピおいときますw


http://www.thai-square.com/recipe/oldrcp/vol33/recipe33.htm

http://www.kcat.zaq.ne.jp/ekko/gaiyang.html



--タノン・カーオサーン--


王宮を出たオレらはタクシーを捕まえてカオサンロード に向かう事にした。

カオサンロードといえばいわずと知れたバックパッカーの溜まり場。

世界中のバックパッカーが集まり情報交換をする場所でゆうめ・・・ハラがいてぇ・・・


さっき食ったタイラーメンが原因なのか、タクシーの中で腸がフル活動を開始した。

それは最初軽い発砲のようなものだったのだが、あっという間に攻撃は激しくなり

マシンガンから機銃掃射へ、そして絨毯爆撃へと姿をかえていった。

この間わずか5分程度の出来事である。


5分でこの勢い。正直カオサンまで持つ気がしない・・・


クーラーの効いたタクシーの中で一人顔面蒼白。

外を見ながら必死で気を紛らわそうとするものの、カウントダウンは待ってくれない。

しかし、ここで爆撃に白旗をあげようものなら国賊として罵られること必至。

下半身を必至で硬直させ、カタカタと震えながらカオサンへの到着を待つ。


10分後タクシーはカオサンへと到着した。バックパッカーたちの聖地である。


しかし、そんな事はどうでもいい!とにかくオレにトイレを!!!!!

するとタクシーから降りた目の前にはバーガーキングがあった。


これは!!!


なにも考えずにとにかくバーガーキングへと駆け込んだ。

1階はカウンターしかなかったので、ひとまず何も買わずに客席のある2階へと上がる事にした。


だが、オレも歴戦を闘い抜いてきてる。

素人はここであせり油断し悲劇を起こしてしまうケースが多いのだ。

そして、安堵感によって無残にも降伏せざるを得ない状況へと導かれてしまう。

そう、降り立った地が安全とは限らないのだ!


ゆっくりと歩を進め階段をあがる。

戦況は改善されていないが決してあせらず油断もしない。

そして、2階に上がった時


あった!!


あそこの防空壕まで行けばひとまずは爆撃から逃れる事はできる。

しかも、奇跡的に無傷で逃れる事ができるではないか!!


だがまだだ、ここでもまだあせってはダメだ。

防空壕を目の前にして爆撃に屈した事や、防空壕の中で不発弾を暴発させた事が過去何度あったろう?

歴戦を潜り抜けてきたオレはそう思い、さながら匍匐前進のごとく少しづつ移動していった。


当然、最終目的を果たすために装備や準備は怠ってはいけない。

すっとベルトに手を掛け、準備を開始しながら防空壕へと近づいていく。

そして、ついに、その扉に手を掛け力強くひいた。


ガンッ!!


大きな音を立てたものの扉は開かず、続いて内よりコンコンと小さく扉を叩く音が聞こえた。


それみたことか!!


オレにはこういう事が多々あるのだ!

呑んで帰る時の駅のトイレ、すいてると思って入ったテーマパークのトイレ

家に着けばなんとかなると思っていたらカバンから鍵が見つからない。

中には大きな損害をこうむった事もある。


だからこそ、オレは気を抜かずにここまで歩いて来たのだ!


とはいえ、危機を脱したわけではない。依然、危機的状況である事には変わりはないのだ。

身を捩じらせもだえながら防空壕の前で爆撃に耐える。

それはもうタイでも日本でも世界中で何度と無く行われている光景だろう。

みな、生き残る為に必至なのだ。その時トイレの中から


「สวัสดีครับ」


ななな、なんだ?突然話しかけられてもタイ語わかんねーよ!?

しかたない、ここは世界共通と思われる合図で乗り切るしかない!

そう思ったオレはコンコンと2度扉を叩いた。

すると、中から再び小さな音でコンコンと叩き返された。


どうやら言葉は通じずともコミュニケーションは取れているようだ。

幸い爆撃も今は小康状態にある。このままやり過ごせば事なきを得そうだ。

そうほっとしたのも束の間


「สบายดีหรือครับ」


今度は先ほどよりも小さな声で話しかけられた。

これは・・・まさか・・・電話してやがるのか?!!

目の前で苦しんでいる人を見殺しにする気か!どこまでマイペンライ なんだ!!


こうなってくるとオレも必死だ、コンコンコンコンと扉を叩く。

再びコンコンと中から帰ってくる。そして話し声。

いいんだよ!返事なんかいらんから早く出てれよ!そして頼むから電話はよそでしてくれ!

そこはトイレ!電話するとこじゃねーんだよ!!!!!!

あんたの目の前にある扉を一枚隔てて、遥か遠くから来た日本人観光客が困ってんの!

もし、あんたが日本にきてね、同じ目にあったらどうする?

「マイペンライ」

とかで過ごせるかい?頼むよ頼むからそこをオレに譲ってくれよ。

カネか?カネならあるんだ!なんたって日本人だからな。


すると願いが通じたのか扉は静かに開いた。


オレはなんとか爆撃を乗り切った。



外に出るとカオサンの太陽が祝福してくれているように照り付けていた。

そしてみんなと合流し300mほどのカオサンロードを歩いた。

脱力しきった体でバックパッカー達の聖地を歩き、さして何も見ずにオレはカオサンを後にした。

それでも、カオサンはオレの心に深く刻まれている。