義父が亡くなって20日後に、バンド仲間の訃報が入りました。

2011年の7月頃の練習で咳き込んで歌えないわと見学に回ってたRさん。以前に肺癌をやられた方だったので心配していたらその後に百日咳らしいと聞いてホッとしたのも束の間で、リンパ腫癌が発覚し肩甲骨や声帯辺りにも転移し脳に転移した段階で今年の夏にはホスピスに移られていました。

バンド仲間といっても私にとってはジャズを基本から教えてくれた大先輩。ホスピスにお見舞いに伺いたいとご主人に伝えていて、会うタイミングをはかっていたのだけれど間に合わなかった。

無宗教式で前夜式とお別れの会に参列させてもらったけど、会場はお花が沢山で、常にRさんのライブが流れていて…素敵な、Rさんを見送るにふさわしい式でした。

この曲はスキャットを入れてみてねと色々アドバイスをくれたことを思い出しながら、お礼を伝えてきました。不思議と涙が出なかった。義父の時に涙流しきっちゃったのかな。。

泣きじゃくる一回り以上離れた年上のピアニストさんを抱きしめてあげたりしながら、頭の中ではRさんと2人で歌った曲がずっと流れてました。

68歳での旅立ちは早すぎます。
私はRさんに勧められた曲『恋人よ我に帰れ』を頑張って完成させよう。

そして毎日をかみしめて、生きていくしかない。


1年近くブログ放置してた間に色んなことがありすぎて何から書いてよいやら…

バンドのこととか色々あるけれど、自分の身の回りで沢山のことが起きて、まだ呆然としています。

8月。健康診断を久しぶりに受けたらC判定が1つあって再検査を重ね、9月に甲状腺が腫れててバセドウ病疑いで検査を重ねて結果は橋本病という病気らしい


とても疲れやすくなる病気だけど、甲状腺の数値はそんなに悪くないのでそれは置いておいて、、舅の体が弱ってきてて病院に運んだり、でもすぐ元気になったり。

でも9月末辺りは私が体調悪く病院で点滴を受けている最中にヘルパーから舅の具合が悪く救急車を呼びましたと連絡を受け、自分の病気どころではなくなり。。

病院に泊まりこみでお義父さんの手を握って話しかけ続けたけど、10月3日に永眠。
たった6日間の入院で旅立つなんて、早すぎるよ。

86歳。苦しまずに逝ったけど、大往生なのかもしれないけど、まだ話したいこと、聞きたいこと、してあげたいこと、沢山あった。

生前から舅が話していた通り、無宗教でお坊様も呼ばずに親族だけでの葬儀を土日で終え、やらなければいけない手続きを少しずつ進めているけど、悲しみや寂しさが突然押し寄せたり、感謝の気持ちで祈ったり、まだ現実感がわかない。

旦那と2人で「みんな大人はこれをやってきたんだね」としみじみ話しています。

来年の今頃は何を思っているかな。

私もいい年齢だけど、少しずつ、大人の階段登ってます。
昨夜旦那と飲んでる時のこと

なぜか話題が方言での喧嘩言葉についてとなり、私の出身地で使う言葉を教えることに

「ぼてくりこかすぞ」
意味はボコボコにするぞ…かな

「くらす」
意味は殴る

「きさん」
あなた。貴様がなまった感じ?

例えば使用例
「きさん、なん眼つけと~とや!くらっすぞ。ぼてくりこかされたいとや(-_-#)」
…となるのだけれど、多分今の若い博多っ子は使わないんだろうな…いや私も使ったこと…ゲフンゲフン


もう上京して約10年
だいぶ標準語を覚えたつもりだけど、いまだに東京育ちの旦那から意味を聞き返されることがある

最近知った標準語だと思い込んでた言葉は「ぱげる」
…壊れるという意味で、「フタがパゲた~」などと使う

将来博多移住を夢見ている旦那は方言を使いこなすべく、ぼてくりこかすを何度もつぶやき続けていたけれど、大人だから使わないで下さい(>_<)