全く更新してないのに毎日数件アクセスがあるのは何故なんだろう…

あれから色々ありました。
預かってた次男坊は沢山の問題を起こし、最後には私の財布からお金を盗み、、ちゃんと白状したけど、心の闇を救ってあげることができなかった。
そもそも私が人間ができてないのに救うとか更正とか無理だよね。でも本当に色々経験させて貰いました。
伝えるべきことは伝え、沢山の愛情は注いだつもり。いつか、気がついてくれるといいな。。


次男は我が家で暮らしてたのに「実母に生活費入れなきゃ、母さんに催促されてるんだ」と言い、我が家からはお金を借りまくったまま実家に戻り、その数ヶ月後には精神科に措置入院になってしまいました。

入院費も出して上げたけど、相変わらず実母からは何も連絡がない。長男を伝書鳩のように使うのは辞めて欲しい。。

本人の意志であちらに戻ったからもう何もできない。彼の幸せを願うしかない。


体調は相変わらず。

でも家庭に変化がありました。
7月末に次男が我が家へやってきて一緒に暮らすことに。

次男といっても私が産んだ子じゃなくて、旦那と前妻さんの子。
前妻さんは育児放棄がずっと続いてて、気になってはいたけど養育権は向こう。私は手が出せなかった。

もう20歳になった次男だけど、色々と心に闇を抱えてしまっている。
そして長男との衝突を機会に我が家へやってくることになった。
初日はお互い手探り。
2日目も微妙な距離感。

そして今日。
2人で過ごす時間ができた時に私のことを沢山話してみた。
私はタブーなこともあえて話すからね、次男君も言いにくいことこそ言ってねと。

夕方には一緒に水やりをして、夕飯作りの手伝いも少ししてもらった。
今まで前妻さんの家庭では夕飯を家族で食べることはなかったらしい。作ってもらえず各自勝手にと。
夕飯は旦那と私と次男で沢山話ながら食べた。
夕飯後は病気の症状が出て動けない私の代わりに旦那と次男が二人で皿洗いをして片付けてくれた。
その姿を見て何だか嬉しかった、幸せを感じた。

色々あってまだ社会人になれてない次男。
仕事を探す前に、まずは家庭の温かみを教えてあげよう。

遅いスタートだけど、3人で少しずつ家族になります。


ずっとブログお休みしてました。

というのも、病気の話しか書けないから。


去年橋本病かも…ということで経過観察になっていたけれど、3月に入ってからどんどん調子が悪くなり、再診を申し込む。
主治医が退職されるというので新しい先生に変わったところ、ACTHの検査をしましょうと血液検査。…結果、2.7というかなり低い数値の為に検査入院決定。
その頃には階段も這って上がる状態で疲労感が強かった。

入院してる間も筋力が低下し、ナースコールのボタンを押す為に枕の頭上に手を挙げることもできなくなり、検査が続いた結果、ACTH単独欠損症ではなく重症筋無力症ではないかと。

痛い検査を続け、筋電図の波形で少し特徴ある波形が出たけれど、とりあえず抗体は陰性だからメスチノンを服用して様子を見ましょうとなり2週間で退院。


6月に入ってからまた調子が悪くなり座っている姿勢が維持できず、まぶたも下がって眼をあけてられない、いつも使っていたコップが重く、箸を上げ下げして食べるのも疲れてしまう…通院も困難になってきたので自宅から近い総合病院へ紹介状を書いてもらい受診したところ…「すぐ入院!数ヶ月の入院になるからね」と言われて呆然。

前の病院で一通り検査を受けたデータを持参したのに、また一から同じ検査…痛かった(T_T)


筋電図検査って、あり得ない場所に針を刺して電流を流す感じ。例えば腕の力こぶの辺りや脚の付け根、あとオデコ。めったにやらない検査なのか、見学の先生が沢山いて、私が痛くて泣いてようが画面と針を刺しているところしか見ず、優しい言葉の一つもない。モルモットの気分。。。


10時と15時にはPTとOTさんがリハビリをしてくれる。
ベッドで寝たきりにならないように、少しでも筋肉をつけようとしてくれるけど、疲れてぐったりな日々でした。


検査の結果は重症筋無力症の特定疾患認定をする決定打がでずに再び経過観察に(-_-;)
前の病院でも言われていた下垂体腺腫の可能性が最新のMRIのおかげで確定しただけでも良かったかな…いや良くないけど(汗
でも数ヶ月の入院でステロイドパルスやるはずが10日で退院できたから良しとしよう。


今も筋力低下は続いていて自宅療養な日々。やっと近所に買い物に出掛けられるようにはなったけど、途中休憩が必要。


最初の入院までは義母のお世話に明け暮れていたのに、私が入院となったので義母はショートステイへ…そして入所2日目に脳梗塞をおこし緊急入院。幸い発症してすぐに病院へ運ばれた為に麻痺も軽く済み、今は老健施設でお世話になっています。

私が入院にならなければ義母もショートステイに行かなくて済んだのに…と落ち込んだけど、施設にいたからこそ早期発見してもらえたんだ、と思うことにしました。

認知症が出始めた義母、私の病気のことはいくら説明しても理解できない為、退院できたらすぐに来てくれて私(義母)は家に帰れると思っているらしい。
なので、旦那と相談して、私はまだ入院中と伝えてもらっています。義母には会いに行けないけれど、義母の汚した衣服は丁寧に洗剤をかえて洗濯してます。反復運動(例えば洗濯機から服を取り出して干すという繰り返し)をするとすぐに筋力が低下するから時間はかかるけれど、いいリハビリです。


今年は本厄。細木なんちゃらさん的に言えば天王星マイナスは大殺界ど真ん中。本当にね、もう次から次に何なのよと言いたいけれど…一番大変なのは旦那。文句も言わずに色々と手伝ってくれて感謝してる。
階段も後ろから支えて一緒に上がってくれるし、飲み会もできるだけ断っている様子。本当に良い旦那に出会えて良かった。


…という訳で歌も歌えないひたすら療養な日々だけれど、忘れない為に久しぶりにブログをアップしてみます。